セーフティー・はーと

セーフティー・はーと

第41号

高木伸夫  <システム安全研究所>
企業モラルが問われて久しくなる。最近でも多くの不祥事が相次いでいる。化学プラント、鉄道、電力など社会を構成する多様な産業の安全確保にあたってその基本となるのが企業安全理念である。
企業のトップマネジメントによる安全理念は企業が社会との共生を保つための規範を示すものであり、また、安全確保にあたっての根幹をなすものといえる。企業安全理念の欠如は安全確保にあたっての従業員の意識向上を期待できず、その結果、事故予防にあたってのインセンティブが与えられない。安全とよく管理された操業の間には明らかな関係があるといわれており、安全理念のもとに事故予防にあたって財政面ならびに人材面から適切な資源を投入する必要がある。企業のトップマネジメントは生産性のみを追及せず、自らのリーダーシップのもと安全に対するコミットメントを出し、それを受けたすべての従業員が安全理念を理解しボトムアップからの安全活動を実践するという文化の確立が重要である。安全の確保は企業の社会的使命であるとともに責務でもあるという基本に立ち返って企業安全理念の確立と浸透を図ることを期待する。Safety is a good businessというではありませんか。

第40号 韓国邸丘の地下鉄惨事に想う(その1 桜木町駅電車炎上事故)

坂 清次 (株)三菱総合研究所 客員研究員
2月18日に韓国の邸丘で起きた地下鉄放火事故は、死者が200人以上と空前の惨事となった。先行の事故車両の被害より、後から駅に進入してきた対向車両で大半の死者が出るということになり、放火犯に加え、事故車と対向車の運転士、運行司令室と火災警報の設置された設備司令室の地下鉄関係者7名に逮捕状が出ている(3月12日現在)。
当事者の状況認識の甘さと関係者間の総合的な(場の)認識が共有されていないことが最大要因であり、また事故後の隠蔽工作など問題点が多いが、ここでは経験の浅い地下鉄公社の組織としての危機管理能力について書いてみる。1997年に営業運転を開始しているが、いきなりワンマン運転で遠隔指令という最新の自動化システムでスタートしていることに鍵がありそうである。火災警報機をいつものことだと無視し、運転士に的確に指示も情報も出せていないが、これから次々と事実が明らかにされよう。乗客も非常コックを開けていないようである。
 そこで私たちの知っている桜木町事故に触れたい。戦後間もない1951年4月24日13:43に起きた、国電桜木町駅構内での電車火災事故である。工事ミスで垂れ下がった吊架線に、進入してきた電車のパンタグラフが絡んだため放電し木造の車両が炎上したが、窓が3段式で人が出られず、106名が車内で焼死したものである。この事故を契機に、不燃化や非常コックなどの保安対策がとられるようになったものである。現場は安全工学協会からほど近い高架部分である。実はこの3日後に上信電鉄で同様の事故が起きたが、幸い被害は軽かった。

ご安全に

第39号 第18期学術会議安全工学専門委員会報告書

小川輝繁   <横浜国立大学大学院工学研究院>
本年は学術会議の18期と19期の変わり目の年です。そこで、第18期安全工学専門委員会(委員長 菅原進一東京大学大学院教授)の報告書を作成しています。
本セーフティ・ハートでも取り上げられているようにテロ、薬害、遺伝子組み換えによる食糧生産の潜在危険など一般市民が不安を抱いている問題が増えています。そこで、今期のテーマは「安全工学の現状と展望---- 安心社会への安全工学のあり方 ---」とし、①安全工学における安全・安心問題へのアプローチ、②事故調査および責任体制のあり方に関する展望、③社会各分野における安全工学の導入と安全性の評価、④人的ファクターを考慮した安全管理と責任の問題、⑤安全教育の普及方法のあり方と社会倫理の醸成の5項目について提言を行う予定です。私は各論の「化学産業における安全工学と物質安全」の原案を作成しています。ここで、化学産業に係わる安全の課題として、①高機能物質の開発競争激化に対する対応、②自主保安、③ヒューマンエラー対策、④リスクコミュニケーション、⑤テロ、犯罪と危険性物質、⑥遺伝子組み換えによる食料生産の潜在危険、薬害等人が摂取する物質の安全問題の6項目をあげて提言をまとめ、以下の文で締めくくる予定です。「最近の化学産業はファインケミストリーが主流となり、高機能物質の開発競争が熾烈を極めている。そのため、安全確保には化学物質の危険性の迅速かつ適切な把握が重要となっている。化学産業の安全の課題は高機能物質の開発競争激化に対する対応、自主保安に対応するための安全技術の向上と体制の整備、ヒューマンエラー対策、リスクコミュニケーションなどであり、これらの課題を克服するために安全工学が重要な役割を担っている。現在はテロが重大な脅威となっている。爆発性物質、毒物などの危険性物質がテロや犯罪に利用される危険性があるため、危険性物質の管理に関するリスクマネジメントシステムを整備する必要がある。医薬品の安全や食品安全も物質安全の重要な課題である。医薬品では薬害問題、食品安全では残留農薬・動物医薬品による健康影響や遺伝子組み換え食料生産の潜在危険性の問題がある。これらに対して法規制や行政の対応がなされているが、現状では多くの人が不安を抱いている。行政はこの不安を取り除く必要がある。安全工学としては化学物質の安全性や遺伝子組み換えの安全性を確認する評価技術の質を高めることが重要課題である。」

第38号

飯塚義明   <三菱化学㈱>
この原稿は、当方にとって第3作目(4作目?)になります。今回の原稿の締め切りはずっと先かと思っていました。事務局から「明日が締め切りですよ」とメイルを頂き、あせって思いつくまま文字を埋めだしています。
年をとると月日の経つのが早くなる。まさか、一日が24時間ではなく、20時間になっている訳ではない。一日の出来事を見聞きした記憶が薄くなるのか、感動がなくなるのか、ともかく、何も残らないで日が暮れ、月曜日から週末まで、あっと言う間に過ぎていく。14年度もあと一月半で終わろうとしています。
三菱化学(旧三菱化成)での社員としての研究生活も残すところ三ヶ月です。その後も会社に残ることで会社と基本的には合意していますが、社内では、「老害」にならないように現役研究者達とは違う分野で安全を見つめていこうと思っています。もちろん、プライベートには、反応暴走はまだ研究を続けようと思っています。
今から30年前、酸化プラントの安全管理のための概念構築と燃焼限界を測定する装置の作成から始まり、反応暴走、粉じん爆発と純然たる化学反応熱の制御が研究の対象でした。   
ここ数年、もう少し広義のエネルギー制御と言う観点から、電池の安全に手を出しています。この電池の中は、ミニ化学プラントです。その割には、これまでの電池の安全は、電池メーカーが主体で試験法や基準が決めています。
ご承知のように安全は、絶対論でなく相対論で議論すべきものです。携帯電話のように身体に触れる可能性の高い機器での安全とバックアップ電源としての電池では、ハザードの種類も限界値もおおよそ違うはずです。さらに、最近話題の燃料電池も含め、この「ミニ化学プラント」の安全管理のあり方に手を染めていこうと思っています。

第37号 プロジェクトX 挑戦者たちに思う

西 茂太郎   <練馬区在住>
中島みゆきのテーマソングで始まるNHK「プロジェクトX 挑戦者たち」は私の好んで観る番組の一つである。1月7日に放送された「世界最大の船 火花散る闘い」は、注文主が、私が仕事をしている会社ということもあり、特に身近なものと感じられた。
その船の建造を請け負ったのは、石川島播磨重工業だった。
 現場の指揮を託されたのは石川島播磨重工業の技術者、南崎邦夫さん。入社3年目に事故で右足を切断。それでも現場を歩き続けた不屈の男だった。その南崎さんたちの前に次々と難問が立ちはだかる。
 最強の鉄板「ハイテンション鋼」。溶接できず真っ二つに折れた。直径7.8メートルのスクリューを支える巨大シャフト。船体に原因不明の歪みが生じ、取り付けられない。
それでも男達は、数々の難問を乗り越えて当時、世界最大のタンカーを完成させた。
司会者の「どうして難問を乗り越えられたのか」の問に対し、南崎さんは「信頼して仕事を任せたからです。信頼されたら、人は最大限、力を発揮するのです」と答えた。
 人間は信頼され仕事を任されたら自分の考えで自分のエンジンで動き始めるということは真理だと私は思う。そういうところには後向きの仕事はない。いろいろ困難はあるが建設的な前向きの気持がそこには漂っている。
 安全活動も然りではないか。いやいややる安全活動、予定で決まっているからやる行事消化型の安全活動であってはならない。
 建設的で創造的な自分達のための安全活動を推進するところには、性質の悪い事故は起こらないしあるいは起こったとしても大事故にはならないのではないか。
安全管理者は建設的で創造的な安全活動の推進に是非力を注いで欲しいと思う。

第36号 日本の安全倫理教育は?

和田有司 <(独)産業技術総合研究所>
2002年12月に安全工学協会で実施している「…高度安全教育プログラムの構築プロジェクト」の海外調査のために米国に出張した。
主たる目的は,米国の学協会,企業における化学プロセス関連技術者の安全教育の実態を調査することであり,テキサスA&M大学,米国安全技術者協会(ASSE),デュポン社,米国化学工学会(AIChE)にて,有益な情報を入手することができた。調査の詳細はいずれ発行される報告書に譲り,ここではその中で非常に印象的であった「安全倫理教育」について一言書きたい。例えば,海外からの訪問者に「日本では安全倫理教育はどこでやっているか?」と聞かれたら,何と答えるであろうか。「企業」か?企業ぐるみの産地偽装疑惑があちらこちらで報道され,「企業倫理」そのものの不足が指摘される中で,「企業である」とは恥ずかしくてとても言えない。では,「大学」か?私の知る範囲ではそういったコースを持っている大学はなさそうである。たぶん日本では安全倫理はどこでも教育されていないのではないだろうか?先の訪問先で「技術者に対する安全倫理の教育コースはないのか」と質問をしてきた。「安全倫理の教育は企業に入る前に大学でされているのだから,技術者に対して行う必要はない」というのが,彼らの一致した答えであった。実態はともあれ,質問をしたことが恥ずかしかった。

第35号 安全文化とは?

福田 隆文  <横浜国立大学> 
安全文化という言葉を聞くようになって久しい。意味もわかるような気がするし,「安全文化」の大切さもわかったつもりでいた。ところが,よくよく,これはどのような意味だろうか,と考えると,「文化」という言葉に引っかかった。
手元に辞書によると,『3.(Culture)人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果。衣食住をはじめ技術・学問・芸術・道徳・宗教・政治など生活形成の様式と内容を含む』(広辞苑)『3[U,C] particular form of intellectual expression, eg in art and literature  4[U,C] customs, arts, social institutions, etc of a particular group or people』(Oxford Advanced Learner's Dictionary)と説明されている。どうやら,特定の(ある)やり方で行って,その結果,成果があることが,「文化」の定義らしい。安全を考えましょう,はいまや各国で普遍の事だろうから,これだけでは「文化」というには弱いように思う。「安全文化」というからには,日本独自の,あるいはその企業独自のやり方で成果を示していることが要るようで,「安全について配慮しています」とか,「従業員に安全を考えてもらっています」から進んで,具体的に安全を確保するやり方を示すことが肝心のように思った。そして,それが従業員に根付いてその企業の誰もがそのやり方を用いるようになると,その会社の安全文化ができあがることになるのだと思った。
 文化という言葉には,漠とした感じを持っていたが,実は具体的なものだという事がわかった次第である。そのやり方が企業で当たり前のことになるのには時間がかかる。つまり,文化熟成に時間がかかることもわかった。

第34号 アリとキリギリス

坂 清次 (株)三菱総合研究所 客員研究員
イソップ物語は、みなさんよくご存知の寓話集です。ここのところ、グリム童話などと一緒に見直され、ブームの気配すらあります。驚くことですが、海外では私たちが知っているのと異なった解釈がなされています。

アリとキリギリスを例に取りましょう。米国の小学1年の教科書に出てくるのは、日本人がなじんだ話と結末が違っているのです。キリギリスは冬になってもアリに食べ物を求めたりせず、食べ物を蓄えなかったことを後悔し、来年は準備しておこうと誓いを立てることになっているのです。(アリが見かねて食べ物を恵んだかどうかは、定かではありませんが。)米国の小学校の国語教科書には、自己責任や自立心を教える話が多く、温かい人間関係や自己犠牲をたたえる話が多い日本とは対照的とのことです(日経紙記事より)。
自主保安が定着しつつある状況下、基本となる自己決定・自己責任の根っこに、ここに見られるような社会風土があるのであろうか。自己責任が、事故責任になってしまっては困りますが、明日の保安を考える上で、ある種の厳しさが必要です。優しさも大切ですが、甘えは禁物です。 ご安全に。

第33号 2002年11月の事故2件

田中 亨  <横浜市在住>
エンジニアリングコントラクターで、30年弱、プロセスプラントを中心とした安全評価、リスク解析の業務に従事しています。安全工学協会とのお付き合いは、第285回編集委員会(1986年9月2日開催)に出席して以来、16年強の期間になります。
この間、多くの方々からご指導ご教授いただきました。この場をお借りしてお礼申し上げます。事務局長の井村さんから「セーフティ・はーと」への投稿を要請されたのは、数ヶ月前ですが、業務都合で、今回の投稿が初回となりました。
 さて、本稿を執筆しようとしていた矢先の2002年11月下旬、2つの火災事故が続いて発生しました。一つは、23日(土)勤労感謝の日に発生した横浜の油槽所のハイオクガソリンの入った屋外タンク火災です。約6時間後に鎮火しました。TVのニュースでも放映されていましたが高所放水車をはじめとする周辺への放水が功を奏し周辺タンクへの延焼は食い止められました。また、人身への被害はなかったようです。未だ、火災の原因についての報道はありませんので、この点については何も言えません。しかし、延焼防止に成功したことは、消防活動をなさった方々のご努力とともに、先人たちが築いてこられたタンク間離隔距離など消防法の危険物規制も有意であったと思います。近年、法規による規制に関しては、構造規制から機能規制への移行、あるいは自主規制への転換等大きな変化が起こりつつあります。これらの変化に適切に対応するためには、安全工学的見地からの検討判断は不可欠であり、また、それら技術の適正かつ効果的な活用が期待されます。
 もう一つの火災は、10月の台風で伊豆大島の海岸に座礁してしまったバハマ船籍の大型自動車運搬船(56800トン)で、11月26日午前5時30分頃、出火したものです。座礁後、船内に残っていた重油の抜き取り作業が行われていましたが、季節はずれの台風25号による高波でこの作業は11月20日に中断されていました。現時点では、出火原因は明らかではありませんが、新聞報道では、台風の高波や強風が船体を揺すり破損部分で生じた摩擦熱、あるいは船の非常用電源のショート、さらには20日以前の作業に伴う失火などが出火原因として考えられているとの事です。報道写真では、もうもうと上がる黒煙が写されています。現場近くの住民は避難を余儀なくされ、高波により二つに折れてしまった船体からは残っていた重油が流れ出し、周辺海域の汚染が懸念されています。作業に伴う失火が火災原因であれば、これは作業の管理上の問題ですが、季節はずれの台風の発生とその接近を考慮し、台風の発生以前に火災発生防止対策を行うか否かの決定は、経営上の判断になると思われます。一般の産業施設では、高度な経営判断のために種々の状況を前提にリスクマネジメントが行われていますが、事故災害に係わるリスクマネジメントには安全工学の範疇に分類できる各種手法が使われます。有効な解析評価手法を使うリスクマネジメントの普及を望まれます。
 たまたま、「セーフティ・はーと」の原稿を考えているときに、二つの事故が発生しました。一般の方々が安全工学に接する機会が少ないと思われますので、少々、無理やり安全工学に結びつけたところがありますが、新聞やTVで報道される社会現象と安全工学のかかわり合いを書いてみました。

第32号

大島 榮次  <安全工学協会 前会長>
安全確保には2つの異なった要素が必要であると言えます。一つは安全確保のルールであり、もう一つは決めたルールが守られるかという問題であります。
最も上位にあると言えるルールとしては、強制法規がありますが、法規がどのようなルールを設定すべきかについては、現在政府内で具体的な議論が進められております。今までのルールは詳細過ぎたために一般化すると弊害が生じる危険性があり、いわゆる性能規定化の方向で見直しが行われております。東京電力の検査データの改竄と隠蔽はルールを守らなかったという企業倫理の基本的な姿勢が問題であったことは言うまでもありませんが、安全技術とは無関係な保安のルールを設定したために、現場では馬鹿らしくて守る気がしない、操業への悪影響が懸念されるといった独善的な判断が法律よりも優先されてしまったということです。法規制の機能性規定化はこれから整備されるところですが、これは公の場で行われるので衆目の監視が届きますが、もう一つの問題である決められたルールを各現場が確実に守るにはどうすれば良いのか。査察や監督といった強圧的な方法ではなく、当然まもられるという高い倫理観に基づいた安全文化はどうすれば構築できるのかが社会から問われているようです。

第31号 人の悪意と安全技術

若倉 正英  <神奈川県産業技術総合研究所>
ニューヨーク世界貿易センタービルの崩壊映像には世界中が大きなショックを受け、怒りも感じたものだった。
しかし、先月モスクワで起きたチェチェン人による劇場占拠と鎮圧作戦による市民の巻添死のような、大勢の一般市民が普通に生活している最中に巻き込まれる事件が日常茶飯事になり、それにたいする我々の感性も鈍化してきたように感じられる。工学的な安全化技術は化学物質や機器・装置が何らかの原因で正常な状態から”ずれ”ることによって発生する災害を防ぐための様々な工夫ということもできるだろう。一方、特攻隊でもないのに旅客機を破壊装置としたり、民用爆薬が市民を殺傷するなど、人の悪意や憎しみが引き起こすとんでもない”ずれの影響”には唖然とさせられる。システムが巨大化し、生み出される物質の種類が膨大になるにつれて、生活・生産システムの機能破壊や化学物質の悪用が市民の安全にとって大きな脅威になりつつあるように思える。安全工学は人の悪意によって引き起こされる災害への技術的な対応だけでなく、「安全工学者」の視点から高度産業社会に適応したモラルのあり方を問いかけてゆく必要があるのではないだろうか。

第30号 蛇と風船

千葉県野田市 平田 勇夫
化学プラントの安全管理の要素のひとつにプロセス危険性評価(以下、PHAとよぶ)がある。化学プラントは、反応器、熱交換器、ポンプ、貯槽などで構成され、いくつかの化学物質を混合したり反応操作によって違った化学物質を合成したり、加熱・冷却したり、などのいくつかの操作を経て目的の化学物質を得る。
実際にこれらの操作を行う前に、「危ないことにならないか」を検討して必要な安全対策を取り、事故を未然防止することがPHAの実施である。
筆者は、「PHA」をよく蛇や風船に例えて説明する。
蛇には、毒蛇とそうでないものがいる。もし、家の近くで蛇を見かけたら家族にそのことを伝え、それとなく注意を促す。それが毒蛇であることがわかれば、絶対に近づかないように警告を発するとともに、警察か消防署に電話して「毒蛇退治」を依頼する。毒蛇が退治されるまでは、完全防護をしないと近くを歩くことはない。毒蛇を潜在危険の高い化学物質と思えばわかりやすいだろう。「毒蛇退治」は、本質的に安全な物質を探すことであり、それができない場合は、十分な安全対策が必要である。
普通のひとは「蛇」と聞けば本能的に避けて通り、「毒蛇」となれば「非常に危ない」ことを察知し徹底した危険回避の行動をとる。化学物質も「危ない」ということがわかれば、それ相応の安全対策をとることになる。「毒蛇」にもいろいろあるので、種類を特定し咬まれた場合に用いる血清を選定しておくことが重要であり、化学プラントの安全対策も「毒蛇」の種類に応じたものであり、「咬まれること」を想定した対策が必要である。
子供が手にした風船が破裂するのを夏祭り会場などでよく見かける。風船には、我々の生命維持に必要であり安全な空気が入れられている。風船に何らかの予期せぬ異常(空気の入れ過ぎ、鋭く尖ったものに触れる、など)が生じて破裂するが、その場合の影響は、周りのひとが驚くだけで済むだろう。風船の例では、取扱物質、それを取り扱う設備の仕様と取扱条件の組み合わせに着目して欲しい。これらの組み合わせがプロセスであり、これらの組み合わせを評価して安全対策を検討するのがPHAである。
化学物質そのものは安全であっても、設備と取扱条件の組み合わせによっては、大変危険なプロセスになり得るのである。空気といえども工業的に取り扱う場合には、十分な注意が必要である。たとえば、空気の高圧貯槽が破裂すると大惨事になり兼ねない。逆に、大気圧の貯槽であっても、毒蛇が逃げ込んでいる(潜在危険物質の存在)貯槽であれば、貯槽は破裂に至らなくても、漏洩することによって大きい災害になり得るのであり、必要な防護策をとらないと使用できない。
化学プラントのPHAに必要な情報には、化学物質に関するもの、設備に関するもの、操作に関するものなどがあり、一般的にこれらをまとめて「プロセスの安全に関する情報」とよんでいる。PHAを行う場合、「プロセスの安全に関する情報」に「危ないもの」という情報が含まれているか、あるいは、その情報から「危ない」ということが読み取れるかどうかによって、安全対策に大きな違いを生じる。

第29号 ワールドカップを振り返って

野口和彦  三菱総研
ワールドカップが開催されていたのは、つい3ヶ月前であった。しかし、実感としては、随分昔のことのように感じる。今度、ワールドカップが話題に上がるのは、年末の10大ニュースの時ぐらいしかないであろう。
この間いろいろなことが起きた。原子力の保安に関する問題、小泉総理の北朝鮮訪問等めまぐるしい日々が続く。
このような状況であるから、ワールドカップの危機管理に関与してきた立場として、今後のために簡単に経験を整理しておきたい。
まず感じるのは、まちがいなくワールドカップは日本が米国ではない世界を経験したイベントであったということである。米国は、世界政治・経済の中心であるが、サッカーではヨーロッパ、南米の世界が大きく影響をもたらす。この経験はものを見る目を多様にした点で貴重である。
次に、日韓で開催されることで、これまでのW杯とは異なるリスクに関する対応が必要になり、社会や組織の安全を守るためには、いかに多様なリスクへの対応が必要であるかを認識したイベントでもあった。
W杯のリスクとしてまず思いつくのは、フーリガン対応であり、サポーターの騒乱であったであろう。しかし、今回のW杯は、自然との戦いでもあった。
6月の日本は、梅雨の時期である。今年は幸いにして大した雨には遭遇しなかったが、大雨対策、台風対策、地震対策等、関係者は大変気を使い、準備を実施してきた。
観客輸送、チケット問題への対応等、大小の課題に対し関係者は文字通り不眠不休でがんばってきた経緯がある。
危機管理を担当したものとしての感想を最後に記す。
それは、「危機管理は意志である」ということである。危機が発生すると、何とかしたいと思っている人、心配している人等多くの人が対策本部に集まる。しかし、そのような人が何人集まっても、危機管理はできない。危機管理には、この危機を具体的にどのように治めるかという意志を持っている人がいないと実施できないということである。今回のW杯にはその人材を得たことが幸いであった。
今後、様々な事件・事故が組織や社会を襲うであろう。その時に明確な意志を持って事にあたれるか。その事が、危機管理の成否を決するであろう。

第28号 事故現場記録について

中村順   <科学警察研究所>
工場などで発生した事故に関しては、現場調査が消防、労働、通産、警察それぞれの立場で行われる。それは、原因究明、再発防止、災害予防、今後の災害対策の確立など目的もいろいろで、それぞれの機関における調査目的及び必要性に応じてなされる。
警察でも、現場調査は、その程度にかなりの幅があるが行われる。
 大きな事故の場合、現場の破壊状況、周辺の被害状況、当事者の供述など克明に記録が取られていく。それには、多くの時間と人員が投入される。例えば、壊れた配管の接続状況の確認、破片化した物の元の位置の特定、構造物の変形・移動状況、飛散物の飛散方向や飛散距離、死傷者の状況などが記録計測され、現場や器物の状況の図面が作られ、写真記録される。そのために材質の検査をしたり、専門家に立ち会ってもらい教えを受けたりもすることにもなる場合がある。
 事故原因の究明は、専門家の方にお願いすることもあるし、独自の立場で行うこともあるが、いずれにしても事故現場記録は原因究明のための基本となるものである。事故原因だけに限って言えば、詳細な現場記録は必ずしも必要というわけではない。専門家が数回現場を観て必要箇所だけ写真を撮ることで済む場合もある。しかしこうした記録をきちんと行うということは、公的機関として法令に基づいて現場を記録して事実を明らかにするという目的があるか
らである。このような事故現場での活動は、あまり知られていないようなので紹介した。

第27号 HaZOpとWhat-if

高木伸夫   <システム安全研究所>
プロセス安全性評価手法にHAZOP(Hazard and Operability Study)とWhat-ifという手法があります。
両手法とも専門分野の異なる複数のメンバーからなるチームを編成して実施するのが一般的です。前者は、ガイドワード(無し、増加、減少、逆転など)とプロセスパラメータ(流量、圧力、温度、液レベルなど)を組み合わせることにより、例えば「流れが無い」、「流れが増える」、「逆流」といったプロセス異常を想定し、その原因となる機器故障、ヒューマンエラーなどをまず洗い出し、次に、その原因が発生した際のプロセスへの影響の検討、異常の発生防止ならびに影響の抑制にあたって講じられている安全策の妥当性を評価しようとするものです。一方、What-ifは、評価チームのメンバーそれぞれの気付きにより、「ポンプが故障で停まったら」、「バルブが閉まったら」、「不純物が混入したら」といった異常の引き金事象を想定し、それが発生した際のプロセスへの影響の検討、安全策の妥当性を評価する手法です。手法としてはHAZOPの方が系統的・網羅的でWhat-ifの方が簡単ですが、逆に簡単さゆえに上手く機能しないことがあります。時々、What-ifを上手く実施するにはどうしたらよいかという質問を受けます。色々な要因がありますが、対応策の1つとしてHAZOPの経験を積み、HAZOP的な思考方法をWhat-ifに持ち込むことにより効率的にHAZOPに近い効果をあげることができると思います。

第26号 最近の事故例に対して思うこと

小川輝繁   <横浜国立大学大学院 工学研究院>
「以前は管理職、特に課長級の人は現場のことは細かい点までよく熟知していたが、最近は管理職の現場の把握が乏しくなってきている」という話をよく聞きます。
確かに事故事例の中には、管理職が現場の仕事をよく把握していなかったことが原因の一つと考えられるようなものが少なからず見受けられます。このように、管理職が現場の隅々まで把握することが難しくなる背景は経営の合理化に伴い、管理職の守備範囲が広くなっていることや認証制度の普及拡大に伴って文書化が求められるためデスクワークが増大していることなどが挙げられます。
また、最近の事故例をみると組織の中枢部の目が行き届きにくい部分で起こっているものが多いと思われます。組織の中枢部が危険性を強く認識して関心をもっている部分ではほとんど事故は起こっていないと思われます。事故が起こった後、現場で行っている作業を事業所の幹部が初めて知ったというような例も見られます。周辺部の仕事を管理職がよく把握して適切な措置を講じることのできる仕組みを作っていくことが安全確保のために重要ではないかと考えている昨今です。

第25号 安全工学実験講座

飯塚義明   <三菱化学㈱ STRC 環境安全工学研究所>
今から22年前、私達の研究室は、新規物質の合成における不安定物質の分解危険性や反応の走危険性の定量的な評価法の研究に着手した。
当時に比べて、現在は、断熱熱量計ARC、DSCそして反応熱量計のRC1、小型熱量計CRCと評価に使用する機器類は多種多様になっている。危険要因や発現条件の摘出さらには対策案の提示が非常に効果的に行える時代になっている。但し、問題なのは、DSCなどの発熱データだけで安全性評価が行われていることである。プロセスのセーフティー・アセスメントやセーフティー・レビューは、この実態感のないデータをベースに「安全」とか「危険」とかが議論されているような気がしている。このような個人的な危機感から、実際に起こる災害事象(反応機からの内容物の噴出から火災の発生、または反応機や蒸留塔の爆発)をいろいろな人達に体験して頂こう思い体験講習会なるもの昨年企画した。これは、協会の普及委員会の特別講習会とて、日本カーリット㈱のご協力を頂き、紅葉の伊香保温泉におけるの座学とヒドロキシアミンの熱分解爆発試験や冷却系統の異常から発生する反応暴走のモデル実験を体験していただいたものであった。参加者から好評を得て図に乗り、今年もう一度新たな講習会を企画中(10月末を予定)である。今回は、より現実に近いモデル、例えば、空気中に長時間さされた有機溶媒を蒸留した場合、どうなるか?
別なモデルテストとして、廃棄物などの集積で問題となる混触や自然発火現象の再現を先の熱分析データと対比させながら、宿舎での参加者による模擬アセスメントもいれた講習会を考えている。

第24号 There is always one more question

練馬区    西 茂太郎
最近、内部や外部機関による監査(サーベイ)の重要性が増して来ている。
過日、米国のある有名なリスクサーベーヤーにサーベイする際の心構えをレクチャーして貰ったことがある。
 冒頭に紹介した言葉「There is always one more question」が今でも頭に残っている。彼曰く「刑事コロンボだよ。コロンボが犯人と思しき人を訪ねていろいろ質問する。私は忙しいから帰ってくれと言われて、帰りかける。ドアのところまで行ってもう一度振返って、もう一つ教えて下さいよとあれをやるんだよ。」と。
 「疑問を持つ、さらに疑問を持つ、つとめてこれをやる。」事実を知ろうとすることは、Suspicious(猜疑心)では無く、技術者としてInquiring(知りたい)、very interested(非常に興味深いこと)ではないか。
当たり前の分かりきった質問を重ねる中で、お互いの意思統一がなされ、結果として出席者の信頼関係が作られる。それが安全を確保するための原点なのだと教えて貰った。

第23号 「知識化」や「教訓」の次に来るもの

和田有司  <(独)産業技術総合研究所>
このたび普及委員会委員を拝命しました。安全工学の重要性は誰もが認めるところですので,安全工学協会の普及にはどこかに突破口があると信じて微力ながらお手伝いしたいと思います。
さて,前号の福田先生や19号の若倉氏が書かれているように,最近,事故事例を活用しようという動きが各方面でみられます。それも,事故事例データベースを作るのではなく,「知識化」や「教訓」として事故事例を一般化して事故防止に役立てようという動きです。おそらく次は,こうした「知識」や「教訓」を分野を越えて活用するために,得られた「知識」や「教訓」を学問として体系化し,教育するシステムが必要になるでしょう。幅広い分野の「知識」や「教訓」を学問として体系化し,それ教育するための安全教育システムを構築するのは,幅広い分野の安全の専門家の方々が集まっている安全工学協会にしかできないことではないかと感じています。

第22号 災害事例解析と防止対策検討委員会の活動

福田 隆文    <横浜国大>
当協会学術委員会に「災害事例解析と防止対策検討委員会」(委員長:横浜国大・関根教授)が設置され,活動しています。
私も委員ですので,その紹介をしたいと思います。失敗学などの言葉が新聞などに出てくることが多くなりました。現在,いくつかの学会などが協力して失敗事例データーベースの構築と活用の検討が進められています。ここでは,建築,化学物質・プラントなど4分野で,各々数100件程度の失敗事例データベースを作るそうです。一方,私たちの委員会は,データベースではなく,絞り込んだいくつかの事例につ いて,直接原因だけでなく背後にある要因や根本原因にまで遡って解析し,教訓を抽出し,更に再発防止に何が大切かを導き出そうというものです。現在,40余件の事例について,解析のための資料収集と視点をどこの置くかの討論を行っています。絞り込んだ事例からの解析ですので,「読み物」として通読して,共に考え,普遍的な教訓を導き出せるものにしたいと考えています。 失敗事例データベースと相互補完的に活用して頂けると考えています。成果は成書としてまとめます。期待して頂きたいと思います。

第21号 明石歩道橋事故に想う

(株)三菱総合研究所 客員研究員  坂 清次
昨年7月、花火大会の雑踏で死傷者280名を出した歩道橋事故は、幼い子どもを含む11名の方が亡くなるという痛ましい惨事であった。
事故は予見可能であり、雑踏警備に不備があったということで、警察官を含む署、市、警備会社の当時の幹部12名が書類送検された。折しもワールドカップを控え、フーリガン対策など話題を呼んでいるが、保安面から考えてみることにする。警備計画と当日の群衆雪崩に至る当時の緊急事態との両面があるが、ここでは警備計画に焦点を当てる。
 主催者の明石市が警備会社に作らせた警備計画書が、前年に開かれた年越しイベントの計画書の丸写しであったことが分かった。実はそのカウントダウンイベントそのもので、現場で大きな混雑が発生していたのである。警備会社も丸投げした市も警察署もそのことを忘れていたのであろうか。イベントの反省会で問題点が浮かび、報告書が残されていたらと悔やまれる。お互いにまずいことは、消去されたのであろうか。神様ではないわれわれが、精いっぱい出来ることは過去に学ぶことである。もっと手短には、PDCAサイクルを回すことである。それもリスクは必ず存在するという、素朴な感覚が出発点である。この事故から学ぶところは多く、関連した情報も多数公開されているので他山の石としたい。
ご安全に   

第20号

大島 榮次  <安全工学協会 会長>
最近、浜岡原子力発電所の水素爆発の事故を始めとして、高圧ポリエチレンプラント、ナイロン紡糸プラント、石油精製の脱硫プラントなど、と幾つかのプラントの事故が発生しております。
 幸いどの事故も人身に被害はありませんでしたが、社会的な不安を引き起こした点の責任は免れません。 しかし、日本のプラントの安全性は国際的に見て、非常に高い水準にあることが統計的には示されております。 米国のある保険会社の人から、何故日本ではプラントの事故件数が少なく、しかも事故の規模が小さいのかと尋ねられたことがあります。 現場をまもるオペレーターが優秀であるということは大きな原因であると言うことが出来るでしょう。 しかし、いまだに失敗が散見されるのは残念なことであります。 最近の事故の原因を見ると、従来の安全管理技術の裏をかくような、想像し難かった状況で事故になっている例が多いようです。 言い換えれば、今では当たり前の事故は起こさない技術水準に達しており、これから起こるのは難しい事故ばかりということにになるのかも知れません。 風邪のビールス退治のように、事故は常に皮肉な条件で起こるので、絶えず新たな取り組みが求められということでしょう。

第19号 失敗知識の活用研究が始動

神奈川県産業技術総合研究所  若倉 正英
「失敗は成功の母」と言われているにもかかわらず、わが国には失敗を恥とする風潮があり、それが事故を隠蔽し類似事故の発生を招いたり、時には積極的技術開発の足かせにすらなってきた.
さらにはH2ロケットや臨界事故など、我が国の科学技術に対する信頼性が揺いでいると自覚した(?)文部科学省は、昨年度から工業技術分野での失敗経験の積極的活用を目指して研究プロジェクトをスタートさせた.対象となる技術分野は建設、機械、材料そして化学物質・プラント分野である。それぞれの分野で多くの失敗事例を収集・解析して、失敗知識を体系化しようとするものである.一方、化学物質・プラントの分野では過酷な開発競争や企業企業秘密の壁があり、同時に化学物質に対する厳しい市民の視線が存在する.市民が化学物質と安心感をもって共存するためには化学物質のリスクに関する社会的コミュニケーション、その基礎となる企業の安全活動やリスクを正しく認識するための社会教育や公的教育の充実が不可欠である.
 失敗知識の活用研究はそれだけで単独で存在するのではなく、安全に関する多様な工学的研究、リスクマネージメントに対する取り組み、生産活動から生じるリスクの社会的受容性のあり方など結びついた、21世紀の安全の中核研究として考えるべきなのではないだろうか.

第18号 「安全文化」と保安管理

野田市   平田勇夫
チェルノブイ発電所の原子炉事故以降、世界の原子力発電の分野で安全文化の論議が行われるようになったが、1990年代後半まで日本国内ではあまり論議されていなかったように思う。
東海村での臨界事故、H-Ⅱ打ち上げ失敗などを契機に、政府が「事故災害防止安全対策会議」を開催(1999年秋)し「安全文化」の創造を取り上げてから、国内の原子力以外の産業分野においても注目されるようになった。このような流れの中で2000年末高圧ガス保安協会が「安全文化研究会報告書」を発行し、INSAGがまとめた安全文化の8つの要件(1991年)などについて敷衍している。その部分を読むと「安全文化」は保安管理そのものであることを痛感する。前者を後者(OSHAのPSM規則など)と対比して例示するとつぎのとおりである。
  1. 相互の確実、密接なコミュニケーション⇒「安全に関する情報の収集と教育」及び「事故調査・報告」
  2. 的確な手順の作成と厳守(学習の文化)⇒「操作手順の作成と周知徹底」
  3. 安全活動に対する厳格な内部監査(自立の文化)⇒「内部適合監査」
  4. エラーを率直に報告できる雰囲気作り⇒「事故の調査・報告」
「言わずもがな」のことを述べるが、これらの要件の基底には組織問題としてのヒューマンファクターの取り組みが含まれおり、上に例示した対比は機能的な保安管理システムの構築には、その組織において「安全文化」を醸成することが不可欠であることを示唆している。
最近保安関連法規・基準の性能規定化などが進められているが、わが国における安全管理が新しいパラダイムへの移行を始めたと見ることができる。これを実り多きものにするためには、関係者が「安全文化」の醸成について論議を深め、社会と安全を共有できるパラダイムを創造していく努力が必要であり、その責務を認識して対応することが重要である。

第17号 リスク把握の技術について

(株)三菱総合研究所 野口和彦
リスクを把握するためには、リスクの持つ2つの要素、すなわち影響の大きさと起こりやすさ(発生確率)を求める必要がある。
まず、影響の大きさの算定には、以下の項目が使われる場合が多い。
リスク把握の技術について
 リスクを把握するためには、リスクの持つ2つの要素、すなわち影響の大きさと起こりやすさ(発生確率)を求める必要がある。まず、影響の大きさの算定には、以下の項目が使われる場合が多い。
  1. 各リスクの指標:労働災害リスクでは死傷者の数、環境リスクでは汚染の範囲とレベル等
  2. 金銭換算した値:影響の大きさを金銭に換算したもので、その金銭換算には以下の項目が含まれる場合が多い。
    ① 人的被害
    ② 環境被害
    ③ 生産被害
    ④ 損害賠償
    ⑤ 対策費の増加
    ⑥ 機会損失
    ⑦ 生産の減少等
  1. 社会的信頼性:企業の社会的信頼性が低下することをリスクと見る考え方であり、直接の物的・人的被害が無くとも企業活動に大きな影響を与える場合がある。
次に、起こりやすさ(発生確率)であるが、この指標は以下の方法で求められる場合がある。
  1. 安全理論による解析
  2. 統計手法
  3. 経験による評価
  4. 他事象との相対比較 等
これらの指標は、数学的な確率で表されることが求められているわけではなく、頻度やランク分類(大、中、小等)でも、問題無い場合がある。さらに、評価者の主観的価値を排除したい場合は、評価対象となる事象を以下の事実関係で整理して、起こりやすさの指標とすることが可能である。

表 現状の知見で起こりやすさを評価する場合の例
起こりやすさ
現状の知見
良く起きる
現在起きている
時々起きる
過去に経験したことがある
起きる場合もある
自社では経験していないが、日本で起きている
めったに起きない
日本では発生していないが、他国では発生している
起きる可能性は極小である
理論上可能性がある

第16号 インターネットによる事故情報

科学警察研究所 中村順
化学物質にかかわる爆発事故の発生を自宅で知り、とりあえずその物質についてインターネットで検索してみたところ、MSDS(化学物質等安全データシート)を始めとして、火災爆発危険性や、過去の事故事例、関連法規などを見つけることが出来た。
中でも海外、特にアメリカの機関の報告書(例えばChemical safety and hazard investigation board)などからは多くの有益な情報を得ることが出来た。
「セーフティー・はーと」を読まれておられる人なら、こうしたことは当然のことと思われるが、事故の調査をしてみて、過去の教訓が生かされていないことを見ることも珍しくない。最近の傾向として、数年以上前や、海外で起こった同種の事故原因が繰り返されることがあげられている。昔は、事故事例の収集は困難で専門家の記憶にたどるようなところがあったが、現代では、インターネットを通じて容易に得ることが出来る。過去の事例は決して大きな事故だけをいうのではない。安全弁から吹き出しただけで終わったものや小規模な発火事故も重要である。そこには大事故につながる潜在危険性が示されている。異種の溶液を試験管で混ぜた際に、炎をあげて激しく燃える組み合わせは、混合危険と認識されるが、ステンレス製の大きなタンク内で同じ反応が起こったときのすさまじさに思いを致すべきである。事故データベースの充実と共に、集めた事例の検討分析を行い活用されることが必要である

第15号 絶対安全からリスク評価安全へ

システム安全研究所 高木伸夫
「絶対安全」は「リスクゼロ」と同義語であり、リスクがどんなに小さくても、また、社会にどんな便益をもたらしても許容されないことを意味している。絶対に安全な世界は現実には存在しないし、また、科学的にも実現不可能である。
欧米においてはリスク概念に基づき社会的合意を形成することが古くからなされているが、日本においては絶対安全の考えが長い間浸透しており、リスク概念の取り込みが未成熟であった。しかし近年、情緒的な「絶対安全」議論から抜け出すべきだという動きが進展しはじめている。たとえば平成12年2月に日本学術会議から報告された「安全学の構築に向けて」において、“安全を議論し、それを有効なものとするためには、「絶対安全」から「リスクを基準とする安全の評価」への意識の転換が必要である。”としている。この提言と平行するように官民においてリスク評価あるいはリスクアセスメントに対する関心が高まり種々の研究や検討会が開催され始めている。ようやく山が動き出したという感がある。
 先日、リスクアセスメントと社会的合意形成に関するミニシンポジウムに参加する機会を得た。危険な施設の立地あるいは行為を実施する際には、その実施主体、関係当局、市民団体を含めた合意形成が必要となるが、それぞれが異なった価値観を有しているため容易ではない。米国においては解決への方向性と合意形成を見出すにあたりメディエーター(Mediator)あるいはファシリテーター(Facilitator)とよばれる調停役が重要な役割を負っているときいた。調停役は中立でなければならず、また、当事者からの信頼・信用は不可欠であり、そのためには何回ものまた長期間にわたる議論をとおして信用を獲得していくとのことである。我が国においてもリスク概念に基づく安全性の評価が浸透した際にはこのような調停役が必要になることも考えられる。このためには、リスク評価の技術的側面だけでなく合意形成にあたっての社会科学的研究も重要になってこよう。

第14号 牛肉すり替え事件に思う

平成14年1月29日  西郷 武
「安全工学」Vol.40,No5(2001)の巻頭言に、“安全知識基盤の整備と安全工学の再構築”と題して田村昌三先生の安全への提言が掲載された。セーフティ・はーと4号に横断的な安全工学体系の早期確立を提言した者として誠に同感である。
安全工学協会を軸に産・官・学が一体となって安全の理念と方法論を具体的に展開して安全な社会が定着することを望む。
 1月23日付夕刊各紙が牛肉すり替え事件を一斉に報道した。雪印食品が狂牛病対策して実施された国産牛肉の買い上げ制度を悪用して、輸入牛肉を国産と偽って買い取らせていた。
 これは偶然に発生した事故ではなく、故意に仕掛けた悪質な事件であって内部告発がなければ明るみに出なかった。背筋が寒くなる思いがする。
 企業が利潤を追求するのは当然であるが、ルール違反を承知で組織ぐるみで実行することは一体どういうことなのか。企業活動のモラルが問われる。特に狂牛病の発生で畜産農家や食肉業界が辛酸をなめ、消費者も自己防衛に苦慮している矢先に生じたものであり、この行為は社会に対する挑戦とみなされても仕方がない。フェアーでない企業は消費者の冷静な審判を受け市場から退場させられるのもやむを得ないと思う。
 本事件は安全工学以前の問題であって、社会に共生していくための基礎的なモラルの問題である。ルール遵守を家庭教育、学校教育、企業教育、社会教育などの仮定で醸成させなければならないと思う。

第13号 ルート・コース

横浜国立大学大学院工学研究院  小川輝繁
事故調査では、直接原因を明らかにするだけではなく、事故を引き起こした背景について分析し、根本的な要因(ルート・コース)を明らかにし、これにメスを入れなければ十分な安全対策とはなりえない。
かつては直接原因だけを明らかにして再発防止対策を講じることが一般的であったが、最近ではルート・コースの撲滅の重要性の認識が次第に浸透してきている。しかし、最近の事故の再発防止対策をみると、事故に結びつくハード面の改善、ルール違反防止や安全意識の向上のための教育、マニュアルの不備の是正、類似設備、施設への水平展開などが中心で、根本的なルート・コースに踏み込んだものはほとんど見られない。事故や問題が起こった場合は原因究明においてルート・コースを明らかにして、事故防止のための体質改善を実施しなければならない。
企業や事業所の安全文化・倫理の不備がルート・コースになることが多い。これは企業や事業所の体質・風土、経営姿勢、職場環境、技術力、組織、リスクマネジメントシステムの機能と有効性等の問題である。
安全を確保するためには、事故や問題起こった場合だけではなく、日頃からルート・コースになりうる要素がないかを検討しておく必要がある。

第12号 これからの安全技術のあり方

飯塚義明 (三菱化学㈱ STRC 環境安全工学研究所)
月並みですが、先ずは、新年明けましておめでとう御座います。穏やかな元旦の中、休み明けにある2002年度のプロジェクト案件の説明資料を作成しています。
我々のような企業の安全技術者(科学者)が注力すべきターゲットとは何か。
日本では、二つの流れに沿って思考の展開があるように思えます。一つは、新しい科学技術とそれに関連する産業の安全を事前にどのように安全性のアセスメントが行えるか、です。従来、新しい分野への安全科学の展開は、大きな災害が発生後に研究が開始されることがほとんどでした。新しい科学技術における災害防止には、個別論でなく、いろいろな分野に共通する安全科学の発展が必要です。もう一つは、時代に取り残されつつある石油化学を中心とした巨大装置産業の安全管理です。基本的には、この産業分野の運転、保守における安全は、かなり完全に近い状態で管理が進んでいると思います。問題は、主流でなくなっていくこれらプラントの安全管理のあり方です。これまでの培ってきた技術、知識の伝承が不十分な場合、常識が常識でない状況が生まれます。個別企業だけでなく、当協会のような安全に関係する学会がバックアップする体制があっても良いような気がします。

第11号 タンク火災の消火戦術

西 茂太郎(出光興産(株)安全環境室)
去る12月3日から8日まで米国テキサス州ボーモント市を石油連盟関係者16名と訪問しました。
当地のラマー大学の消火訓練場で、石油連盟が日本における導入を推進している大容量泡放水砲の実証試験を行ない一応の目的を達成することが出来ました。

一方で、私にとって常識を覆す貴重な体験・見聞をしたのでいくつか紹介したいと思います。
① 日本では油タンクの火災を消火する時、泡消火剤を前方のタンク側壁に当てるようにして油面を泡で覆うことを戦術としているが、米国では泡は30mしか広がらないことを考慮し、タンク中央部に泡を放射する方法を取っている。
② タンクのリング火災が発生した時、米国では消防士がタンクの屋根の上に登って消火することもある。日本では消防士の安全を考慮してまずそういうことはしない。
③ 米国では放水砲の中に水と泡とドライケミカル(粉末消火剤)を混ぜて3次元火災までをいとも簡単に消火してしまう。水と混合してドライケミカルを使用するので飛距離も伸びる。風の影響も少ない。
④ 日本においては油タンクで火災が発生した場合、先ず当該タンクに入っている油を空いている別のタンクにシフトすることを考えるが、米国では油面より下の部分の損傷を防止するために可能な限り残すことを考えている。
等々です。
 米国における火消し屋は、このような消火戦術を彼らの実体験を通して体得し、実用的な防災資機材の開発まで行なっていました。彼らの自由なしかも実用的な発想に対して感心すると同時に何故日本において同様なことが出来ないのだろうか?これも仕様規定の弊害の一つではないかと改めて思いました。
ところで、我々16人は、テロの最中に良く来たということでボーモント市長より名誉市民の称号を貰って無事帰って来ました。

第10号

安全工学協会 会長 大島 榮次
安全に関する法規制については、対象となる危険物質を扱っている所にとっては直接的な関心事ではありますが、国際的にはかなり以前から、また我が国ではこの数年来、その考え方が変わりつつあります。
 象徴的には、機能性規格化という言葉で言われるように、強制法規においては、安全に関して満足すべき条件を示すに留め、それを実現する方法は直接の担当者である企業が責任をもって決定するという考え方が採用されつつあります。 その結果としては、法規制は緩和されるように見えますが、他方それだけそれぞれの事業所の自主保安の責任が重くなることを意味しております。 法規制が求める条件を満足させる具体的な方法として示されるのがJISやASMEのような技術基準ということになりますが、それとても一つの例に過ぎず、他の基準を採用しようとすれば、示された技術基準と同等あるいはそれ以上に安全性が確保されることを証明することを前提に、独自の基準に従うことが認められるのが最近の外国、特にヨーロッパでの考え方になっています。 やがて我が国でもこうした考え方が実現することになりますが、そのためには各企業が独自に保安の技術を研究して自主保安を全うする責任が求められることになるでしょう。

第9号 廃棄物問題の逼迫と安全工学の責任

神奈川県産業技術総合研究所  若倉 正英
廃棄物の処理は長い間焼却と、海洋投棄や埋め立てという自然の浄化能力に依存してきたが、瀬戸内海上に浮かぶ「豊島」や所沢のダイオキシン問題などでその限界を露呈した。そして、行政もようやくのことで腰を上げた。
容器包装リサイクル法、家電リサイクル法、建設リサイクル法、食品リサイクル法など様々な法整備を始めている。しかしよく考えるとこれらはみんな、問題点を廃棄物処理業に押しつけているのではないかとも思えるのである。
 また、廃棄物の処理工程では一般廃棄物、産業廃棄物を問わず労働災害の発生率が高すぎるという指摘がある。労働災害の発生度数率は全製造業の平均値を7~8倍も上回っていて、ここ数年は現象の兆しさえみえていない。同じように労働災害の多かった鉱業や林業がそれなりに安全になりつつあるのに、どうにしてなのかが今ひとつはっきりしないし、すぐにもどうにかしなければならないほどの水準である。さらに、怪我人がでないため労働災害として統計にのらない火災や爆発の件数は,減るどころか増え続けているともいわれる。産業サイクルの下流に位置する産業廃棄物処理施設が事故によって停止することによって、生産活動全体が阻害されかねない事態も発生している。
さらに廃棄物の輸送や貯蔵、処理の工程で起きる火災や爆発は人の健康に悪影響を及ぼしたり、環境を汚染する物質が放出される可能性も高い。それが産廃施設への不信感を増幅させ、建設反対訴訟の多発など市民社会との共存の妨げともなっている。

 我々日本人は赤ん坊まで含めて毎年3トン以上の産業廃棄物を排出しながら、快適で便利な生活を享受している。現在の生活水準を維持するために使われたものが廃棄物となり、社会の安全と安心を損なう凶器にもなりかねない、ということでもあるのだ。
 事故が多いのは産業として未成熟で人材が十分に育っていないとか、低コストでの処理を強いられるため、本質安全化を進めるための安全化装置を導入することができない、という意見もあるがそれだけではないだろう。廃棄物を取り扱う様々な工程の安全化には、安全化機器の導入だけではなく、物質危険性の簡易な予測手法の開発・標準化や安全化システムの構築などが必要であるが、雑多な廃棄物が流れ込み様々な処理技術が群雄割拠する今、それは容易くはないだろう。

 取扱者の立場からすると、廃棄物を安全かつ適正に処理する上で最も重要なのは、処理するものの内容がはっきり分かっていることだという。特に産業廃棄物には様々な有害、危険物質が混入される可能性があり、情報の提供に対する排出事業者の責任は大きい。

 公害として騒がれた鉱工業生産に伴う地域環境汚染、そしてやオゾンホールやダイオキシン、地球温暖化、環境ホルモンなど地球規模の環境問題が起こるにつれて、近代の工業技術が本当に人類を幸せにするための道具になったのか、という議論が起きている。高度工業社会の大きな技術課題である廃棄物にこそ、安全工学に携わる技術者、研究者がまとまって考え社会に貢献するべき課題があるはないだろうか。

第8号 情報開示について思うこと

野田市 平田勇夫
最近、PRTR法や情報公開法の施行を受けて、情報開示に関する論議が盛んである。
PRTR制度の仕組みは米国のTRI制度とほぼ同じと思われる。TRI制度は、米国の「緊急時計画及び市民の知る権利法」(Emergency Planning and Community Right-to-know Act)という法律に規定されている。
この法律は、1984年インドのボパールで起きた潜在危険物質の漏洩事故が地域社会に甚大な被害を与えたこと、また大きな災害にはならなかったものの類似の漏洩事故がその後米国内で起きたことを受けて1986年に制定された。

この法律は、つぎの4つの大きな柱で構成されており、MSDSの提出や漏洩の報告を義務付けるとともに、これらの情報を受け取り伝達する体制を整備することを規定していることに注目したい。
・ 州、地域に緊急時対応の委員会を設置すること。
・ 潜在危険物質を漏洩した場合、州と地域の緊急時対応委員会に通報すること。
・ 物質安全データシート(MSDS)のリスト等を緊急時対応委員会及び消防本部に提出すること。
・ 潜在危険物質の排出・移動について報告を提出すること(TRI)。
  
MSDSなど潜在危険物質の情報開示は、専門家は内容を理解できても、地域住民にはそのままではなかなか理解し難いと思われる。情報開示の本来の目的は「地域の住民に情報を提供する」ことであり、この点がもっと大事であり、工夫がいるような気がする。
米国では地域の住民に対して地域の緊急時対応委員会が説明会、緊急時対応訓練、啓蒙活動などを活発に行っている。この委員会は、住民代表、地元自治体の代表、地元各企業の代表、地元医療関係の代表など地域のいろいろな分野の人達で構成し、これらの人々が協力して活動している。情報は、緊急時対応委員会を通して住民に伝達できるので、住民の理解しやすい方法で、しかも普段接する機会の多い人達から受信することになり、企業が直接発信する場合よりも受け入れられ易いものと思われる。わが国においても真の情報開示、地域への木目細かい情報発信を行うためにはこのような体制の整備もひとつの方策かと思われる。

ところで、9月11日に米国で起きた同時多発テロを受けて、「情報開示のあり方」を見直す動きが出ている。米国環境保護庁(EPA)のリスク管理プログラム(RMP)規則施行開始の時から潜在危険物質に関する情報開示とテロの危険が論議されて来た。そして一部のRMP情報の開示が制限されたが、最近、EPAは潜在危険物質の情報を掲載しているいくつかのインターネットサイトを閉じる方針を発表している。
今日に至ってテロの心配は一層大きくなっている。(9月21日南仏の肥料工場で起きた大きい爆発事故の原因は、一部でテロ説も取り沙汰されている。)本来、情報公開は善良な市民に情報を提供し、安心を感じてもらうためのものであるが、このような状況になって来ると逆な結果にもなり兼ねない。難しい世の中になったものである。

第7号 これからのリスク管理に必要な広範囲なリスクの把握

(株)三菱総合研究所 安全科学研究本部   野口 和彦
~シュアティという概念の紹介~ 
最近の大きな自然災害による地域の危機や企業・組織の不祥事もからんだ危機の連続により、リスク管理の重要性の認識に関しては定着した感がある。
また、米国の同時テロの事件も発生し、あらゆることが起き得ることが実感となってきた。
 リスク管理を大きく分類すると事故や災害による直接の被害を主な対象とした場合に防災と呼ばれ、組織全体の問題として捉えられた場合、危機管理と呼ばれる場合があり、リスク管理も縦割りの状況である。
 また、これまでのわが国のリスク管理の特徴を考えてみると、業界によってその常識と対象が限定されていた。これまでの事故対応や防災では、人間のミスは前提としていても、人間の悪意は前提としていない。一方、セキュリティに力を入れているイベント関連分野等では、災害等に対する対応が充分とはいえない。
 ここで、確認しておかなくてはならないことは、防災という視点でも、危機管理と言う視点でも、事故の原因は特に限定しているわけでは無いということである。今後の社会情勢を考え合わせた時に、この前提をいつまでも踏襲していられる状況ではない。
 機器のトラブルや自然災害をその原因とするセイフティという概念と主に人間の悪意に対処しようとするセキュリティの双方を含む概念としてシュアティと言う概念がある。
 これからのリスク管理を考えると、セイフティやセキュリティというどちらかの概念だけでは、組織は守れない。シュアティとう概念によるリスク管理が必要な時代である。
 自分は、どのようなリスクに対処するかという問題を、野球とサッカーという二つのスポーツの守備を通して考えてみる。
 まず野球の守備の特徴は、その守備範囲が限定されていることである。三塁手がライトにあがったボールを追いかけることはない。一部ベースカバーや中継という形で本来のポジションを移動することはあるが、これも限定的である。この守備の考え方は、打球がバターボックスからしか飛んでこない野球というスポーツでは、合理的な体系といえる。安全の世界でも、事故や事件の原因が予測の範囲で、さらにその対応組織も確立されている場合は、組織安全における自分の対応範囲を限定しても問題は少ないし、合理的でもある。
 しかし、この安全対応における立場や守備範囲の固定は、これまでに予測していなかった状況に関しては、対応できない場合がでてくる。
 この時に参考になるのが、サッカーの守備の考え方である。サッカーも11人の仕事の分担は、フォワード、ミッドフィルダー、ディフェンダー、ゴールキーパーとわかれているが、キーパー以外は、状況に応じてその時々の役割分担が変わってくる。サッカーの守備において、最大の目標は点数を入れられないことであり、そのためには、守備の人がいない空間(オープンスペース)を極力少なくするために、11人が必要な場所をカバーしていく。
 今の社会安全に必要なことは、各自が自分の守備範囲を決めてその立場に固執することではなく、組織や社会の目的を達成するために、気づいた問題点を気づいた人が改善する情熱と責任を持つことであり、そのような活動を是とする価値観を社会や組織が持つことである。
                                   

第6号 大災害

<中村  順>
昨年、わが国では化学工場、火薬工場での大きな爆発事故を経験し、また比較的に工場災害の多い年であったように思う。
それに比べて今年は、穏やかで、こういう時にこそ、足元を見直してと考えていた。ところが、米国における同時多発テロは、あまりに悲惨であり、しかも今後も世界に対して大きな混乱をもたらすことが予想される。そしてこの災害がニュースのほとんど占めているときに、フランスのツールーズ郊外にある化学工場AZFで大規模な爆発事故が発生した。まだ詳細は不明であるが、死者29名、負傷車700名で、直径50m、深さ15mのクレーターが生じているという。硝安を製造している工場とのことで過去の大きな爆発事故を思い出させる。しかもこれが化学薬品の混合ミスといわれており、さらに爆ごうを起こす可能性のあるものを一挙に爆発させる貯蔵方法なり停滞量があったわけで、これも驚くべきことである。
こうした災害は、直接、間接に日本に影響を及ぼしてくるであろうし、また、日本でも起こりうることである。安全に関しても、他国でのこうした災害に対して一人一人が深く考える必要があるであろう。

第5号 安全マニュアルの風化防止を

<システム安全研究所 高木 伸夫>
世の中マニュアル社会である。業態に応じて多種多様なマニュアルが存在する。ファーストフードチェーンの多くでは注文したもののほかに、これはいかがですか、これもいかがですかとうるさいほどの同じ問い合わせに会う。
同系列のチェーン店ではどこに行っても同じ笑顔で迎えられる。マニュアルどおり対応である。アルバイトを使い、大量にものをさばく業界にあっては、個人の能力に期待することは避けマニュアルに従った受け答えをするほうが効率的であるし、マニュアルから若干外れた対応をしても決定的なミスを防ぐことはできるであろう。それでは産業分野における安全に関するマニュアルはどうか。装置産業では事故を教訓として安全作業マニュアルが作成されることが多い。事故の悲惨さを覚えている間はマニュアルが作成された背景を誰もが理解しているためマニュアルは遵守される。しかし、年月が過ぎ、マニュアル作成に携わったベテランが職場から去り世代交代が起るとマニュアルの風化が始まりやすい。面倒だからこのステップは省こう、これくらいなことなら問題ないだろうと手抜きがなされ、これにより事故が発生する。JCOの事故もこの要素を含んでいる。安全マニュアルからの逸脱は取り返しのつかない事態に発展する危険性が高い。マニュアルの風化防止が必要である。そのためには、安全マニュアル作成の背景、マニュアルに記述されている内容それぞれの意味を定期的に教育していくことが必要といえよう。

第4号 セーフティー・はーとによせて

(2001年8月22日  西郷  武 )
昭和30年頃 横浜国立大学教授 北川徹三先生が安全工学の重要性を世に問うて すでに四十数年が経過した。
当時、わが国では戦後初めて石油精製工場の運転が再開され、石油化学工場の操業も始まり、これらの工場で発生する爆発・火災の防止・軽減のために安全工学が必要であった。発足当初は化学安全工学であったと思われる。その後高度成長時代に入り、自動車事故による死亡者の増加、大量生産大量消費による廃棄物の問題、大気汚染による公害問題が発生し始め安全工学の検討課題も広がった。最近生じた航空機の墜落事故、原子力発電所の関連事故、医療事故、ダイオキシンの問題などは一般市民にまで影響を及ぼし社会問題となっている。また、二酸化炭素の増加は地球全体の環境破壊につながり、従来のリスクとは質が異なる。安全工学誌上に安全文化に関する論文もみられるようになり、各種機関による安全の本質についてのシンポジウムが盛んに開かれている。安全学とか失敗学など安全に関する科学哲学の提案もみられる。各分野に共通した安全に関する学問体系の確立が望まれる。

第3号 安全教育と安全情報

横浜国立大学大学院工学研究院   小川輝繁
事故やトラブルの原因の大半は人間が係っているため、各事業所では安全教育を保安対策の重要な柱にしておられるように見受けられます。人の危険回避能力は知識と経験に裏打ちされており、さらにこれらを危険予知に生かすことが重要です。
そのため、現場では危険予知の能力を高める教育訓練としてKYT活動が行われています。危険予知には潜在危険を洗い出してこれらのリスク(発生頻度と影響の大きさ)を評価する必要があります。人はこのリスク評価を無意識的に行い、危険回避を行っています。危険予知能力を高めるためには潜在危険の洗い出しとリスク評価を体系的に行えるようにする必要があります。この能力を身につけさせることが安全教育に求められます。安全に関する知識は科学技術の知識と事故やヒヤリハット等の体験に基づくものです。そのため、企業では社内外の事故情報を社内に周知し、また社内のヒヤリハットを収集することにより体験を活かす努力をしています。また、安全に係る業務を行っている行政機関では事故データベースの整備を行っています。また、文部科学省では事故等の失敗知識の社会的共有・活用のため「失敗知識データベース整備事業を科学技術振興財団に委託しました。このように事故情報データベースを整備し、公開する動きが活発となっています。多くの事故情報は活用するためには内容が不十分でありますが、この中から安全教育や安全技術に活用できる情報を抽出して整理することが必要です。

第2号 安全との付き合い

三菱化学㈱STRC 環境安全工学研究所 飯塚義明
「安全」と言う言葉と付き合って、ほぼ28年になる。安全技術開発を担当し始めた当時は、酸化プロセスの燃焼爆発、粉じん爆発の限界測定が主体であった。安全確保と製造コスト増という問題に最初に直面したのが、ある酸化プラントのプロセス変更であった。
安全確保のための追加投資を、熱っぽく説き、その結果、担当専務のご了解を頂き、感激し、そして、その責任の重さに恐怖した。それ以降、産業の発展と安全確保の調和をライフワークとして、今日まできた。今年は、当社の技術開発分野の大幅な組織改正があり、「環境安全工学研究所」と言う組織が生まれた。技術担当役員から三菱化学㈱本体だけではなくグループ会社全体の製造プロセスと製品の安全確保の援助することがミッションと言われた。そして、今若い研究員達が産業に必要な技術として、認知された「安全技術」の成熟を目指し日夜がんばっている。そして、安全を始めから専業の職業として、企業で働くことを目指している現役の学生諸君も出てきた。今、そんな「安全」を技術として正面から捉えている彼等の夢を壊さないようにすることが、私の義務となった。三菱化学と言う一企業を超えて、産業、科学の発展と安全との調和に挑戦する技術者の育成に少しでも役立ちたいと思っている。

第1号 トルシエ語録

西  茂太郎 <出光興産(株)安全環境室>
 「日本人が赤信号で渡らないのは判断力がないからだ」とトルシエ監督が言ったのは来日まもない頃の話だそうです。(二宮清純さん解説。NHKサンデースポーツ)車も全然通らない交差点の赤信号でじっと待っている日本人の姿は、個人主義の強いフランス人には奇異に映ったのでしょう。
そして、それがサッカーのプレーにも現れると彼は言うのです。日本人はセオリー通りにはやるが、それを飛び越えたところでの発想・動きが少ないと言いたかったのだと思います。別掲「安全への提言」で東工大の小林先生が「わが国は法規制によって安全を確保する必然性があった。そしてそれは成功を収め、産業社会の速やかな変革をもたらしたが、今そのことを見直す時期にきている」と解説しています。いわゆる仕様規定を中心とする法規制に基づいた安全の確保が今、曲がり角にきています。その必然性はやむをえないところもあったでしょうが、私たちの思考パターンまでが、仕様規定に染まってしまって、知らず知らずのうちに判断力のない融通の利かないものに凝り固まっているとしたらそれこそ大きな問題であると思います。

第0号 「セーフティー・はーと」を始めるに当たって

2001.7.16. 普及委員会一同
連日、いろいろな事件・事故が発生しています。いろんなところで、海、山、川、空、電車の中でも。日本中、安全な場所はないと思われるほどです。
当安全工学協会は、各種災害の知識および技術の向上と普及により産業の発展および社会の福祉に貢献することとしています。私たち普及委員会では、セミナーや講演会を企画・実施してきましたが、事件・事故の発生が多岐にわたっていることから「専門家の目線から、地域住民や市民の目線にたった」企画も必要ではないかと感じています。そのためには、私たちから情報の発信をまず行い、見ていただいた方からご意見や要望を聞かせてもらう必要があるとの認識に立ち、メンバーが交代で日々の生活や事件・事故で感じたことをありのままに綴ってみようということになりました。メンバーは大学の先生から企業や研究機関の研究者、企業の安全・保安の担当者等さまざまです。勝手ながら、ここでは、所属する団体とは離れて個人の立場で自由に発言します。また、当協会の見解を表明しているわけではありません。

らいおんはーとならぬ「セーフティー・はーと」は、第1、第3月曜日に更新します。
「みなさんの掲示板」等へ皆様方の忌憚のないご意見・ご感想をお寄せ下さい。