セーフティー・はーと

2004年7月の記事一覧

第72号 安全・安心を取り戻すのに私たちができることは?

<三菱総合研究所 上野 信吾>
小学生のS君が数人の仲間とサッカーボールをかごに入れて自転車をこいできた。「あ、Rのお父さん。」「これから練習かい?今日お父さんは何してる?」「知らなーい!」とすれ違いざまに会話を交わす。
 7月15日に内閣府が「安全・安心に関する特別世論調査」の概要を公表した。この調査の中で、「今の日本は安全・安心な国か?」の問いに対してそう思う人は39%、そう思わない人は56%となっており、残念ながら今の日本を安全・安心と感じている人は少数派となってしまったようだ。安全・安心と思わない理由の上位に「少年非行、ひきこもり、自殺など社会的問題が発生している」「犯罪が多いなど治安が悪い」があがっており、比較論では片付かないとは思うが、海外で起きている様々な過酷な事件を日頃メディアで見聞きしている以上に、近頃、日本の安全・安心感を損なう事件や事故、生活を脅かす先行き不透明なことが多すぎるということであろうか。
 調査の中では「一般的な人間関係について」の設問もあり、人間関係が難しくなったと感じる人は64%、そう感じない人は29%となっており、人間関係が難しくなった理由として「人々のモラルの低下」「地域のつながりの希薄化」が上位を占めている。内閣府では、家庭の崩壊や地域のつながりの変化が、多くの国民に日常生活の不安を感じさせている要因ではないかと見ているようだ(読売新聞Webより)。
 都市化や少子化、ワークスタイル・ライフスタイルが変化する中で、確かに地域のつながりが希薄になってきている気がする。近所づきあいが煩わしい、面倒くさいと考える人も多いと聞く。しかしながら、防犯、防災で最も頼りになるのは地域の人たち、遠い親戚よりも近くの他人であるということも、「地元」という生活資源を共有することの強さを考えると納得できる。地域の人たちがお互いを知っている街では、何となく監視されているようで不届きな輩も悪事を働きにくいのではなかろうか。
 地域のつながりということを考えたとき、かつてどこかで経験した冒頭のような何気ない日常の姿を思い浮かべた。地域の有機的なつながりは大人同士、子供同士の点と点のつながりのみならず、世代を超えた網のようなつながりであって欲しいと思うし、私たちにできる安全・安心を取り戻す一歩になることだと感じる。

第71号 科研費はどうなっていくのか

(独)産業安全研究所 板垣晴彦
研究所に「科研費制度についての説明会を開くので参加されたし」との通知が届いた。
最近、不正使用がマスコミでしばしば取り上げられるので、採択された機関への周知徹底であろうと、出かけていった。

 行き先は、安田講堂。東大最大の講義室がどんどん埋まっていく。話を聞き始めてみれば、科研費の補助の対象となる機関すべてに通知を出したそうだ。その数は軽く1000を超え、一度ではすべて入りきらないので、午前と午後の2部に説明会を分けたとのことだ。
 説明会の趣旨は、科研費の門戸を企業にまで開いたこともあり、いままでのお役所と大学の間のわかりにくくて不明瞭な点を改め、ルールとして単純かつ明確にし、さらにこれをすべての機関に周知するため、毎年行うとのことであった。
 最初は科研費制度の説明。科研費は、各省庁が研究目標を定めるいわゆる競争的資金とは異なり、研究テーマは研究者自身が自由に設定して応募できる。つまり、現時点で問題としている課題を解決するための研究ではなく、我が国の研究水準の向上を目的として、優れた研究成果の可能性がある研究や30年後に重要となるかもしれない研究、独創的な研究が対象ということである。国家予算が苦しい中でもこの科研費の予算は最近は毎年100億円近く増加し続け、平成16年度予算では1800億円を超えた。この額は、各省庁の科研費以外の競争的資金をすべて合わせた額とほぼ同額であるそうだ。
 このほか、これまで長く文部省という役所が科研費の役割を担ってきたが、今後は独立したアカデミック・コミュニティー、具体的には日本学術振興会、へ業務をすべてを移管する計画という。
 続いて、単純化されたルールが説明された。ルールは、「応募」と「評価」と「使用」の3つに段階に区別されているのだが、今回の説明会は、このうちの「使用」についてのみだった。なぜかというと、「まずは、今年度配分した補助金を正しく使って頂くことが先決。次の応募は秋口で、まだ詳細が決定していないため」という。さらに「いま説明しているルールにもし不都合がみつかればどしどし改定する方針なので、きょうの配布資料が、あす使えないこともあり得る」との話。
 制度の骨格自体は変わらないのだが、単純化とはきめ細かく定められていた規定や慣例の白紙化に違いないから、自己で判断、あるいは、各自で定めて良い部分が、大幅に増えることを意味する。研究費についても、自己責任と説明責任を課すというわけだ。
 最後に、不正使用の実例とその際のペナルティーが説明された。マスコミ報道がしばしばなされる状況だが、当然の事ながら金額や実名をあげていないので、インパクトにやや欠けていた。
 今回の説明会は、「研究者が使いやすく、わかりやすく」を狙っているのであるが、同時に「適切かつ透明性」が求められている。今後は研究だけでなくマネジメントも必須となろう。今まで規定や慣例で縛られる体制から、今度の新しい体制に慣れるには、しばらく時間がかかりそうだ。