セーフティー・はーと

セーフティー・はーと

第16号 インターネットによる事故情報

科学警察研究所 中村順
化学物質にかかわる爆発事故の発生を自宅で知り、とりあえずその物質についてインターネットで検索してみたところ、MSDS(化学物質等安全データシート)を始めとして、火災爆発危険性や、過去の事故事例、関連法規などを見つけることが出来た。
中でも海外、特にアメリカの機関の報告書(例えばChemical safety and hazard investigation board)などからは多くの有益な情報を得ることが出来た。
「セーフティー・はーと」を読まれておられる人なら、こうしたことは当然のことと思われるが、事故の調査をしてみて、過去の教訓が生かされていないことを見ることも珍しくない。最近の傾向として、数年以上前や、海外で起こった同種の事故原因が繰り返されることがあげられている。昔は、事故事例の収集は困難で専門家の記憶にたどるようなところがあったが、現代では、インターネットを通じて容易に得ることが出来る。過去の事例は決して大きな事故だけをいうのではない。安全弁から吹き出しただけで終わったものや小規模な発火事故も重要である。そこには大事故につながる潜在危険性が示されている。異種の溶液を試験管で混ぜた際に、炎をあげて激しく燃える組み合わせは、混合危険と認識されるが、ステンレス製の大きなタンク内で同じ反応が起こったときのすさまじさに思いを致すべきである。事故データベースの充実と共に、集めた事例の検討分析を行い活用されることが必要である

第15号 絶対安全からリスク評価安全へ

システム安全研究所 高木伸夫
「絶対安全」は「リスクゼロ」と同義語であり、リスクがどんなに小さくても、また、社会にどんな便益をもたらしても許容されないことを意味している。絶対に安全な世界は現実には存在しないし、また、科学的にも実現不可能である。
欧米においてはリスク概念に基づき社会的合意を形成することが古くからなされているが、日本においては絶対安全の考えが長い間浸透しており、リスク概念の取り込みが未成熟であった。しかし近年、情緒的な「絶対安全」議論から抜け出すべきだという動きが進展しはじめている。たとえば平成12年2月に日本学術会議から報告された「安全学の構築に向けて」において、“安全を議論し、それを有効なものとするためには、「絶対安全」から「リスクを基準とする安全の評価」への意識の転換が必要である。”としている。この提言と平行するように官民においてリスク評価あるいはリスクアセスメントに対する関心が高まり種々の研究や検討会が開催され始めている。ようやく山が動き出したという感がある。
 先日、リスクアセスメントと社会的合意形成に関するミニシンポジウムに参加する機会を得た。危険な施設の立地あるいは行為を実施する際には、その実施主体、関係当局、市民団体を含めた合意形成が必要となるが、それぞれが異なった価値観を有しているため容易ではない。米国においては解決への方向性と合意形成を見出すにあたりメディエーター(Mediator)あるいはファシリテーター(Facilitator)とよばれる調停役が重要な役割を負っているときいた。調停役は中立でなければならず、また、当事者からの信頼・信用は不可欠であり、そのためには何回ものまた長期間にわたる議論をとおして信用を獲得していくとのことである。我が国においてもリスク概念に基づく安全性の評価が浸透した際にはこのような調停役が必要になることも考えられる。このためには、リスク評価の技術的側面だけでなく合意形成にあたっての社会科学的研究も重要になってこよう。

第14号 牛肉すり替え事件に思う

平成14年1月29日  西郷 武
「安全工学」Vol.40,No5(2001)の巻頭言に、“安全知識基盤の整備と安全工学の再構築”と題して田村昌三先生の安全への提言が掲載された。セーフティ・はーと4号に横断的な安全工学体系の早期確立を提言した者として誠に同感である。
安全工学協会を軸に産・官・学が一体となって安全の理念と方法論を具体的に展開して安全な社会が定着することを望む。
 1月23日付夕刊各紙が牛肉すり替え事件を一斉に報道した。雪印食品が狂牛病対策して実施された国産牛肉の買い上げ制度を悪用して、輸入牛肉を国産と偽って買い取らせていた。
 これは偶然に発生した事故ではなく、故意に仕掛けた悪質な事件であって内部告発がなければ明るみに出なかった。背筋が寒くなる思いがする。
 企業が利潤を追求するのは当然であるが、ルール違反を承知で組織ぐるみで実行することは一体どういうことなのか。企業活動のモラルが問われる。特に狂牛病の発生で畜産農家や食肉業界が辛酸をなめ、消費者も自己防衛に苦慮している矢先に生じたものであり、この行為は社会に対する挑戦とみなされても仕方がない。フェアーでない企業は消費者の冷静な審判を受け市場から退場させられるのもやむを得ないと思う。
 本事件は安全工学以前の問題であって、社会に共生していくための基礎的なモラルの問題である。ルール遵守を家庭教育、学校教育、企業教育、社会教育などの仮定で醸成させなければならないと思う。

第13号 ルート・コース

横浜国立大学大学院工学研究院  小川輝繁
事故調査では、直接原因を明らかにするだけではなく、事故を引き起こした背景について分析し、根本的な要因(ルート・コース)を明らかにし、これにメスを入れなければ十分な安全対策とはなりえない。
かつては直接原因だけを明らかにして再発防止対策を講じることが一般的であったが、最近ではルート・コースの撲滅の重要性の認識が次第に浸透してきている。しかし、最近の事故の再発防止対策をみると、事故に結びつくハード面の改善、ルール違反防止や安全意識の向上のための教育、マニュアルの不備の是正、類似設備、施設への水平展開などが中心で、根本的なルート・コースに踏み込んだものはほとんど見られない。事故や問題が起こった場合は原因究明においてルート・コースを明らかにして、事故防止のための体質改善を実施しなければならない。
企業や事業所の安全文化・倫理の不備がルート・コースになることが多い。これは企業や事業所の体質・風土、経営姿勢、職場環境、技術力、組織、リスクマネジメントシステムの機能と有効性等の問題である。
安全を確保するためには、事故や問題起こった場合だけではなく、日頃からルート・コースになりうる要素がないかを検討しておく必要がある。

第12号 これからの安全技術のあり方

飯塚義明 (三菱化学㈱ STRC 環境安全工学研究所)
月並みですが、先ずは、新年明けましておめでとう御座います。穏やかな元旦の中、休み明けにある2002年度のプロジェクト案件の説明資料を作成しています。
我々のような企業の安全技術者(科学者)が注力すべきターゲットとは何か。
日本では、二つの流れに沿って思考の展開があるように思えます。一つは、新しい科学技術とそれに関連する産業の安全を事前にどのように安全性のアセスメントが行えるか、です。従来、新しい分野への安全科学の展開は、大きな災害が発生後に研究が開始されることがほとんどでした。新しい科学技術における災害防止には、個別論でなく、いろいろな分野に共通する安全科学の発展が必要です。もう一つは、時代に取り残されつつある石油化学を中心とした巨大装置産業の安全管理です。基本的には、この産業分野の運転、保守における安全は、かなり完全に近い状態で管理が進んでいると思います。問題は、主流でなくなっていくこれらプラントの安全管理のあり方です。これまでの培ってきた技術、知識の伝承が不十分な場合、常識が常識でない状況が生まれます。個別企業だけでなく、当協会のような安全に関係する学会がバックアップする体制があっても良いような気がします。