セーフティー・はーと

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第71号 科研費はどうなっていくのか

(独)産業安全研究所 板垣晴彦
研究所に「科研費制度についての説明会を開くので参加されたし」との通知が届いた。
最近、不正使用がマスコミでしばしば取り上げられるので、採択された機関への周知徹底であろうと、出かけていった。

 行き先は、安田講堂。東大最大の講義室がどんどん埋まっていく。話を聞き始めてみれば、科研費の補助の対象となる機関すべてに通知を出したそうだ。その数は軽く1000を超え、一度ではすべて入りきらないので、午前と午後の2部に説明会を分けたとのことだ。
 説明会の趣旨は、科研費の門戸を企業にまで開いたこともあり、いままでのお役所と大学の間のわかりにくくて不明瞭な点を改め、ルールとして単純かつ明確にし、さらにこれをすべての機関に周知するため、毎年行うとのことであった。
 最初は科研費制度の説明。科研費は、各省庁が研究目標を定めるいわゆる競争的資金とは異なり、研究テーマは研究者自身が自由に設定して応募できる。つまり、現時点で問題としている課題を解決するための研究ではなく、我が国の研究水準の向上を目的として、優れた研究成果の可能性がある研究や30年後に重要となるかもしれない研究、独創的な研究が対象ということである。国家予算が苦しい中でもこの科研費の予算は最近は毎年100億円近く増加し続け、平成16年度予算では1800億円を超えた。この額は、各省庁の科研費以外の競争的資金をすべて合わせた額とほぼ同額であるそうだ。
 このほか、これまで長く文部省という役所が科研費の役割を担ってきたが、今後は独立したアカデミック・コミュニティー、具体的には日本学術振興会、へ業務をすべてを移管する計画という。
 続いて、単純化されたルールが説明された。ルールは、「応募」と「評価」と「使用」の3つに段階に区別されているのだが、今回の説明会は、このうちの「使用」についてのみだった。なぜかというと、「まずは、今年度配分した補助金を正しく使って頂くことが先決。次の応募は秋口で、まだ詳細が決定していないため」という。さらに「いま説明しているルールにもし不都合がみつかればどしどし改定する方針なので、きょうの配布資料が、あす使えないこともあり得る」との話。
 制度の骨格自体は変わらないのだが、単純化とはきめ細かく定められていた規定や慣例の白紙化に違いないから、自己で判断、あるいは、各自で定めて良い部分が、大幅に増えることを意味する。研究費についても、自己責任と説明責任を課すというわけだ。
 最後に、不正使用の実例とその際のペナルティーが説明された。マスコミ報道がしばしばなされる状況だが、当然の事ながら金額や実名をあげていないので、インパクトにやや欠けていた。
 今回の説明会は、「研究者が使いやすく、わかりやすく」を狙っているのであるが、同時に「適切かつ透明性」が求められている。今後は研究だけでなくマネジメントも必須となろう。今まで規定や慣例で縛られる体制から、今度の新しい体制に慣れるには、しばらく時間がかかりそうだ。

第70号 PSAM7に参加して

福田 隆文 <横浜国大>
確率論を基にした安全評価と管理に関する国際会議PSAM(Probabilistic Safety Assessment and Management)が、今年はベルリンで6月14日から18日までに開催され、私も参加してまいりました。500余件に発表があり、盛況でした。

 発表は、広範な分野におよんでいました。OECDにおける安全管理システムの構築と各国への導入など大局的なマネジメントシステム構築に関するものもありました。私たちの日々の研究は、組織・職場の任務に従っていますから、それほど自由にテーマが選べるわけではありませんが、技術者もマネジメントシステム(何もこの例のような国レベルのことでなくて、工場レベルでもマネジメントはありますし、そのような発表も多くありました。)の問題にも関心をもっていたいと思います。年末の安全工学研究発表会で、オーガナイズドセッションで関連するマネジメントやシステムつくりの話が聞けるのが、ここ数年の企画ですが、これが一層発展しながら続くとよいと思います。また、安全工学誌も、安全関連の広い分野の情報をもたらしてくれており、助かります。
 また、女性の参加者・発表者が多くいました。どの分野の発表会場でも、1割から2割は女性がいました。安全工学協会にどれくらいの女性会員がいらっしゃるのか私は知りませんが、安全工学研究発表会においても、もっと女性の発表が多くなってほしいと思います。生命・環境・新物質の問題などを中心に、広く安全の問題を考えるとき女性の視点からみた安全の考え方はますます重要になってくると思います。
 当然ですが、発表・討論は英語で行われます。多くの日本人は苦労していると思います。今回、感じたのはネイティブの方に二タイプあるということでした。それは、特に討論であらわれるのですが、非ネイティブの人でもわかるようにしゃべってくれている人とそうでない人がいるということです。ネイティブの人がネイティブの方からの質問を受けたときでも、わかりやすく、比較的ゆっくりと回答してくれる場合には、我々も何を議論しているかわかりました。もち論、私たちの努力も必要ですが、国際会議は議論の場であることを考えると、会場の誰もが議論に加われるように配慮した討論を望みたいと思います。このことは、リスクコミュニケーションにおいて専門家でない人に技術的な内容を伝えるときにも必要な配慮だと感じました。

第69号

大島榮次  <東京工業大学名誉教授>
事故統計によると、平成12年以降石油コンビナート事業所の事故件数は微増の傾向が見られます。
 事故は連鎖的に起こると良く言われますが、詳細に一つひとつの事例について調べて見ても、なかなか事故を誘発するような共通の条件は見付けることが出来ません。 平成15年は石油コンビナートで22件の事故が発生しておりますが、日本全体の事業所数で割算をすると、4%弱になり、言い換えれば各事業所にとっては25年に1回の頻度ということになります。この数字は、外国に比べると非常に小さい値ですが、プラントとしては限りなくゼロに近づける努力が求められており、最近の安全管理の課題は、一般的な統計値を減らすといった漠然とした目標ではなく、25年に1回しか起きない個別の問題を先取りしなければならないという厳しい要求に応えることなのです。 我が国の石油産業のプラントは昭和40年代からのものも多く、老朽化が懸念されておりますが、最近の事故事例を見ると、長年の経年劣化と言うよりは、ある「きっかけ」が起点となって加速的に劣化が進行した例が多く、その「きっかけ」が何処で何時起きるかが把握されていないと言えます。 我々の体の何処かで始まる癌細胞を見付けるのと同じような技術がプラントの健康管理にも必要なようです。

第68号 自主保安は自守保安

坂 清次 (株)三菱総合研究所 客員研究
少し古い話になりますが、りそな銀行に預金保険法第102条により公的資金が注入され、事実上の経営破綻で国による管理下に入りました。自己資本比率という最重要な尺度から判断されたもので、リスク対応が問われたものでした。
 わが安全工学協会が入居しているビルが、りそな銀行の前身の大和銀行ビルでした(その支店も合理化で閉鎖され、なくなりました!)。もっともまだ旧名の大和横浜ビルとなっていますが、何やら象徴的です。安全を標榜する協会の足元が、経営的に揺らいだのです。
 昔は銀行といえば、堅実・確実さの代名詞でした。勝負の世界では“銀行レース”といえば、間違いのない堅いレースのことで面白みの少ない本命が必ず勝つレースのことでした。この世界に、国際ルールが適用され、リスク対応それも自主的な取り組みが求められるようになりました。旧大蔵省の護送船団方式の庇護のもとの“出来レース”が、市場経済のもとで評価されるようになったわけです。法律万能から自主保安に移行した安全問題と同じです。銀行の場合は、その社会性、公共性から国が守ってくれましたが、工場や事業所の火災・爆発・漏洩はそうではありません。自“主”保安は、自らが自らを守る自“守”保安なのです。
 思えば日本の金融破綻のきっかけは、“安全銀行”という安全を冠した銀行の破綻でした。奇しくも地下鉄サリン事件の当日銀行名が消え、消滅しているのです。他山の石としたいものです。

ご安全に

第67号 安心な社会への進歩

和田有司 <(独)産業技術総合研究所 爆発安全研究センター>
同時多発テロ以後の社会に対する不安の裏返しであろうか,「安心な社会」というキーワードがよく聞かれるようになった。「安心な社会」とはどんな社会であろうか。
「安心」=「心が安らか」であるからには,きっといろんな心配事がなくて,住民は何も心配しなくても安全に暮らせる,そんな社会のことであろう。もちろんこれは理想にすぎない。今の日本が「安心な社会」である,と思っている人はまずいないであろう。しかし,安心ではない社会,すなわち,危険と隣り合わせの社会に暮らしていながら,自分だけは安全,と思いこんでいる人は,決して少なくはないようである。六本木ヒルズの回転ドアの事故以後,同様の子供の被害として児童公園の遊具による事故が盛んに取り上げられている。昨年の安全工学研究発表会で警察関係の方が遊具の事故調査事例を発表されていた。私はこうした事故例はどんどん世間に公表していただきたい,とお願いしたが,期せずしてマスコミに取り上げられている。多くは管理責任を問題視しているようであるが,それだけでよいのであろうか。先日,近所の児童公園でブランコが動かないように固定されているのを見かけた。これならブランコにぶつかって怪我をする心配はない。しかし,これが真に安心な社会への進歩なのであろうか。安心な社会は,何が危険かを認識することから始まるものであると思う。動かないブランコから動いているブランコと隣り合わせの危険を知ることは困難なのである。

第66号 回転ドア災害と安全工学の常識

若倉正英 <神奈川産業技術総合研究所>
六本木ヒルズ(森ビル)の回転ドアに小学生がはさまれ、亡くなる事故があってから回転ドアの危険性が急にクローズアップされている。
この事故はいくつもの教訓を含んでいるが、安全工学の分野で仕事をしている人間として強く感じるのは、安全工学が積み上げてきたものが、まだ世の中の一部でしか生かされていないのだという事実である。たとえば、回転機器などへの巻き込まれ、はさまれ災害は産業革命によって発生した、もっとも古典的な労働災害であり、多くの研究が積み上げられている。また、人間の行動予測に基づく労働災害の防止も、安全工学の重要な研究課題であり多くの成果が送り出されている。これらの成果は製造業や建設業、鉱山など事故の多かった職場を、安全な職場に変えることに多大の貢献をしてきているのである。
 一方、森ビルの例だけでなく、遊具や、アミューズメント施設の事故などをみると、いずれも安全工学の知見がいかに生かされていないかが明らかになる。その原因の一つは、これらの機器を扱う事業者の認識の欠如であろう。回転機器や加熱機器など多くの機器装置があらゆる場所で使われている。これらは潜在的に危険性を有しているが、一般家庭で使われる場合誤用があっても事故を起こさない配慮がされており、これに対応できないものはすぐに市場から消えていく。しかし、事業用に使われる機器は明らかに異なる。大型であり、不特定多数の人に使われるなど潜在危険性は家庭用とは比べものにならない。これら機器を製作する、また使用する事業者は事前に安全性を確認しておく責任があるにもかかわらず、家庭用機器と同様に安全性に無頓着であることが多い。RDFや生ゴミ処理機の事故もその延長線上で発生しているのでないだろうか。

第65号

平田 勇夫   <野田市>
2000年6月、群馬県の事業所でヒドロキシルアミン(HA)蒸留装置が爆発し、死者4名と多数の負傷者を発生する惨事となった。その後、HAとその塩類の危険性が評価され、消防法危険物第5類に指定された。
また、流通している化学物質の危険性が注目されことになり、消防庁は、危険性が高い物質で規制されていないものはないか、化学物質の危険性について認知したものがないか、その情報提供を事業者などに呼びかけている。
 最近、海の向こうでも反応危険性の高い化学物質(Reactive Chemicals)の安全管理に関する論議が盛んになっている。ここで、「反応危険性」は、暴走反応、自己分解危険、混合・混触危険などである。
 米国の化学安全調査委員会(CSB: Chemical Safety and Hazard Investigation Board)は、約2年をかけて1980年以降20年間に発生した化学物質が関与した事故167件を解析した。(これらの事故の中には1999年2月ペンシルヴァニア州アレンタウンで起きたHA蒸留設備の爆発事故も含まれている。)そして、2002年9月、
 ① これらの事故で108名が死亡
 ② 原因物質の50%はOSHAのPSM規則(1910.119)の規制対象に入っていない
 ③ 原因物質の60%はEPAのプロセス安全関係の規制対象に入っていない
 ④ 原因物質の36%はNFPAレイテイング(Ni)が付けられていない
などがわかったことを公表し、反応性化学物質の管理は重大な安全問題であるにも拘らず、効果的な規制が行われていないことを指摘した。そして、規制当局、関係学会・業界などに勧告を出している。例えば、OSHAに対してPSM規則(1910.119)に客観的な基準を採用し規制対象物質の範囲をひろげること、プロセスの安全に関する情報に反応性化学物質の情報を含めることなどを勧告している。一方、OSHAは、この勧告に対してPSM規則を改正するには時期尚早である趣旨の回答したが、最近CSBがこれに反論している。
 化学物質を危険物に指定することにより、(国内では)既定技術基準を適用することが義務付けられ、注意して取り扱うことになるので安全管理のレベルを高めることができる。しかし、全ての潜在危険性物質を規制することは不可能といっても過言ではないだろう。増してや、取扱条件や混合・混触危険を全て加味した規制は難しい。大事なことは、化学物質を取り扱う者が、物質およびプロセス(物質+取扱条件)の危険性を科学的データに基づき十分評価して、事故発生防止と災害拡大防止の対策を実施、さらに上流の事業者が得た危険性情報をつぎの事業者に提供することだと思う。
以上

第64号 再発を防止することと新たな事故を防止すること

三菱総研 野口
プロの目と市民の目

 事故が発生する。事故分析が行う。失敗に学ぶ。この一連の活動は、もはや当然の活動となっている。
しかし、この一連の活動の目的をもう一度整理してみたい。

それは、この一連の活動は、再発を防止することを目的としているのか、新たな事故を防止することまでもスコープに入れているのかということである。
失敗学が求めていることは、基本的には新たな事故の抑止にまでその成果の活かすことである。
今の事故分析は、本当にそこまで真剣に考えているのか?
昨年、大規模な火災事故が続いた。その事故分析から我々は、一体何を学んだのであろうか?
何故、発生した火災が直ぐに鎮火できなかったのか?
この住民の素朴な疑問に安全学は納得できる回答を用意できたのか。
安全のプロであるがゆえに、個別・固有の問題に目を奪われて、市民の視点を忘れてはいなかったのか。
セーフティハートのハートとは、誰の心のことか?
安全工学協会は、もう一度安全の原点に返って、このような問いかけに答えるための活動を開始した。
こう、ご期待!  と私は思っているのですが・・・・・
仲間よ来たれ !

第63号 事故のシナリオ

科学警察研究所  中村順
平成15年に起こった爆発事故は新聞記事を整理してみると72件であった。一昨年の2倍の発生件数である。
本年に入ってからも、樹脂製造プラントにおける爆発事故、病院における酸素ボンベ爆発事故とその発生の収まる気配がない。既に多くの人が最近の事故の多いことについて述べられており、本欄でも取り上げられている。これらの爆発事故の中には、事故の発生のシナリオがよくわからないものがいくつか見られる。ここでは、事故シナリオについて考えてみよう。爆発事故が起こると原因究明が行われる。原因究明がきちんとなされていないと、その安全対策を誤ることになり、同様な事故の再発という最も悪い結果となる。普通には、この事故はどういう順序で爆発したのか事故のシナリオをまず考えることになる。全体的には、ガス爆発、粉じん爆発、蒸気爆発、凝縮相の爆発などの中のどの形態の爆発が起こったかを推定する。さらに具体的には、気相の爆発では、爆燃なのか爆ごうが起こったかや、拡散燃焼かあるいは予混合燃焼か、あるいは小爆発で混合されたものが、その後により強く爆発したかなどの問題が考えられる。また凝縮相の爆発では、最初に爆発が起こったのか、あるいは分解や重合から反応が開始してその後に爆発したかや爆燃から爆ごうに転移したかなどの問題が考えられる。さらに、それらが複合した大規模な事故の場合は、発生頻度も低く、再現実験や小規模実験からは事故原因の究明が困難な場合が多い。事故に関する多くの資料と過去の異なる形態の爆発事故事例や数値的な検討をあわせて、最も起こり得ると考えられるシナリオを描くことが求められている。

第62号 最近の事故増加に思うこと

高木 伸夫 <システム安全研究所>
ここ数年、火災爆発事故といった化学事故が増加の傾向にある。これら事故を振り返ると、旧動燃のアスファルト固化施設での火災爆発事故、廃プラスチック油化プラントやRDF貯槽、また、ごみ処理設備での火災爆発事故、タイヤ工場や製鉄所での火災爆発事故など従来型の化学産業とは異なった分野において増加傾向にあることが特徴として挙げられる。
化学産業も含め、事故の原因としてリストラによる人員の削減が主因のように言われている。それも一因であろうがそれで済ませてよいものではない。字数の関係上、キーワードしか示せないが、常日頃感じている幾つかの点を次に示す。 ①操業、設備管理を協力会社、業者まかせにし、事業主体の安全ポリシーが欠如している

 ②化学プロセスに携わってこなかったものが主体となった運転がなされている
 ③取り扱う物質ならびに装置特性に対する知識、教育があまりにも不足している
 ④事業主体ならびに操業現場に化学に関する知識を持った技術者が不在である
 ⑤縦割り組織、もしくは複合組織に起因する情報交換不足と責任体制があいまいである
 ⑥メーカー納入設備に対する受入時の詳細な点検、確認をせずにそのまま運転している
 ⑦メーカーも運転現場も言われたこと、あるいは、マニュアルに記述されたことしか実施せず、
  安全に対する感性が欠如している
 ⑧安全に関する知識の属人性が強く、論理性、普遍性に欠けている

事故は複数の要因が重なり合って発生するものであり、上に示した要因に心当たりがある関係者も多いのではないだろうか。事故の根幹原因にさかのぼるとマネジメントエラーに帰着することが多い。トップマネジメントの強力な推進力が必要である。