セーフティー・はーと

セーフティー・はーと

第21号 明石歩道橋事故に想う

(株)三菱総合研究所 客員研究員  坂 清次
昨年7月、花火大会の雑踏で死傷者280名を出した歩道橋事故は、幼い子どもを含む11名の方が亡くなるという痛ましい惨事であった。
事故は予見可能であり、雑踏警備に不備があったということで、警察官を含む署、市、警備会社の当時の幹部12名が書類送検された。折しもワールドカップを控え、フーリガン対策など話題を呼んでいるが、保安面から考えてみることにする。警備計画と当日の群衆雪崩に至る当時の緊急事態との両面があるが、ここでは警備計画に焦点を当てる。
 主催者の明石市が警備会社に作らせた警備計画書が、前年に開かれた年越しイベントの計画書の丸写しであったことが分かった。実はそのカウントダウンイベントそのもので、現場で大きな混雑が発生していたのである。警備会社も丸投げした市も警察署もそのことを忘れていたのであろうか。イベントの反省会で問題点が浮かび、報告書が残されていたらと悔やまれる。お互いにまずいことは、消去されたのであろうか。神様ではないわれわれが、精いっぱい出来ることは過去に学ぶことである。もっと手短には、PDCAサイクルを回すことである。それもリスクは必ず存在するという、素朴な感覚が出発点である。この事故から学ぶところは多く、関連した情報も多数公開されているので他山の石としたい。
ご安全に   

第20号

大島 榮次  <安全工学協会 会長>
最近、浜岡原子力発電所の水素爆発の事故を始めとして、高圧ポリエチレンプラント、ナイロン紡糸プラント、石油精製の脱硫プラントなど、と幾つかのプラントの事故が発生しております。
 幸いどの事故も人身に被害はありませんでしたが、社会的な不安を引き起こした点の責任は免れません。 しかし、日本のプラントの安全性は国際的に見て、非常に高い水準にあることが統計的には示されております。 米国のある保険会社の人から、何故日本ではプラントの事故件数が少なく、しかも事故の規模が小さいのかと尋ねられたことがあります。 現場をまもるオペレーターが優秀であるということは大きな原因であると言うことが出来るでしょう。 しかし、いまだに失敗が散見されるのは残念なことであります。 最近の事故の原因を見ると、従来の安全管理技術の裏をかくような、想像し難かった状況で事故になっている例が多いようです。 言い換えれば、今では当たり前の事故は起こさない技術水準に達しており、これから起こるのは難しい事故ばかりということにになるのかも知れません。 風邪のビールス退治のように、事故は常に皮肉な条件で起こるので、絶えず新たな取り組みが求められということでしょう。

第19号 失敗知識の活用研究が始動

神奈川県産業技術総合研究所  若倉 正英
「失敗は成功の母」と言われているにもかかわらず、わが国には失敗を恥とする風潮があり、それが事故を隠蔽し類似事故の発生を招いたり、時には積極的技術開発の足かせにすらなってきた.
さらにはH2ロケットや臨界事故など、我が国の科学技術に対する信頼性が揺いでいると自覚した(?)文部科学省は、昨年度から工業技術分野での失敗経験の積極的活用を目指して研究プロジェクトをスタートさせた.対象となる技術分野は建設、機械、材料そして化学物質・プラント分野である。それぞれの分野で多くの失敗事例を収集・解析して、失敗知識を体系化しようとするものである.一方、化学物質・プラントの分野では過酷な開発競争や企業企業秘密の壁があり、同時に化学物質に対する厳しい市民の視線が存在する.市民が化学物質と安心感をもって共存するためには化学物質のリスクに関する社会的コミュニケーション、その基礎となる企業の安全活動やリスクを正しく認識するための社会教育や公的教育の充実が不可欠である.
 失敗知識の活用研究はそれだけで単独で存在するのではなく、安全に関する多様な工学的研究、リスクマネージメントに対する取り組み、生産活動から生じるリスクの社会的受容性のあり方など結びついた、21世紀の安全の中核研究として考えるべきなのではないだろうか.

第18号 「安全文化」と保安管理

野田市   平田勇夫
チェルノブイ発電所の原子炉事故以降、世界の原子力発電の分野で安全文化の論議が行われるようになったが、1990年代後半まで日本国内ではあまり論議されていなかったように思う。
東海村での臨界事故、H-Ⅱ打ち上げ失敗などを契機に、政府が「事故災害防止安全対策会議」を開催(1999年秋)し「安全文化」の創造を取り上げてから、国内の原子力以外の産業分野においても注目されるようになった。このような流れの中で2000年末高圧ガス保安協会が「安全文化研究会報告書」を発行し、INSAGがまとめた安全文化の8つの要件(1991年)などについて敷衍している。その部分を読むと「安全文化」は保安管理そのものであることを痛感する。前者を後者(OSHAのPSM規則など)と対比して例示するとつぎのとおりである。
  1. 相互の確実、密接なコミュニケーション⇒「安全に関する情報の収集と教育」及び「事故調査・報告」
  2. 的確な手順の作成と厳守(学習の文化)⇒「操作手順の作成と周知徹底」
  3. 安全活動に対する厳格な内部監査(自立の文化)⇒「内部適合監査」
  4. エラーを率直に報告できる雰囲気作り⇒「事故の調査・報告」
「言わずもがな」のことを述べるが、これらの要件の基底には組織問題としてのヒューマンファクターの取り組みが含まれおり、上に例示した対比は機能的な保安管理システムの構築には、その組織において「安全文化」を醸成することが不可欠であることを示唆している。
最近保安関連法規・基準の性能規定化などが進められているが、わが国における安全管理が新しいパラダイムへの移行を始めたと見ることができる。これを実り多きものにするためには、関係者が「安全文化」の醸成について論議を深め、社会と安全を共有できるパラダイムを創造していく努力が必要であり、その責務を認識して対応することが重要である。

第17号 リスク把握の技術について

(株)三菱総合研究所 野口和彦
リスクを把握するためには、リスクの持つ2つの要素、すなわち影響の大きさと起こりやすさ(発生確率)を求める必要がある。
まず、影響の大きさの算定には、以下の項目が使われる場合が多い。
リスク把握の技術について
 リスクを把握するためには、リスクの持つ2つの要素、すなわち影響の大きさと起こりやすさ(発生確率)を求める必要がある。まず、影響の大きさの算定には、以下の項目が使われる場合が多い。
  1. 各リスクの指標:労働災害リスクでは死傷者の数、環境リスクでは汚染の範囲とレベル等
  2. 金銭換算した値:影響の大きさを金銭に換算したもので、その金銭換算には以下の項目が含まれる場合が多い。
    ① 人的被害
    ② 環境被害
    ③ 生産被害
    ④ 損害賠償
    ⑤ 対策費の増加
    ⑥ 機会損失
    ⑦ 生産の減少等
  1. 社会的信頼性:企業の社会的信頼性が低下することをリスクと見る考え方であり、直接の物的・人的被害が無くとも企業活動に大きな影響を与える場合がある。
次に、起こりやすさ(発生確率)であるが、この指標は以下の方法で求められる場合がある。
  1. 安全理論による解析
  2. 統計手法
  3. 経験による評価
  4. 他事象との相対比較 等
これらの指標は、数学的な確率で表されることが求められているわけではなく、頻度やランク分類(大、中、小等)でも、問題無い場合がある。さらに、評価者の主観的価値を排除したい場合は、評価対象となる事象を以下の事実関係で整理して、起こりやすさの指標とすることが可能である。

表 現状の知見で起こりやすさを評価する場合の例
起こりやすさ
現状の知見
良く起きる
現在起きている
時々起きる
過去に経験したことがある
起きる場合もある
自社では経験していないが、日本で起きている
めったに起きない
日本では発生していないが、他国では発生している
起きる可能性は極小である
理論上可能性がある

第16号 インターネットによる事故情報

科学警察研究所 中村順
化学物質にかかわる爆発事故の発生を自宅で知り、とりあえずその物質についてインターネットで検索してみたところ、MSDS(化学物質等安全データシート)を始めとして、火災爆発危険性や、過去の事故事例、関連法規などを見つけることが出来た。
中でも海外、特にアメリカの機関の報告書(例えばChemical safety and hazard investigation board)などからは多くの有益な情報を得ることが出来た。
「セーフティー・はーと」を読まれておられる人なら、こうしたことは当然のことと思われるが、事故の調査をしてみて、過去の教訓が生かされていないことを見ることも珍しくない。最近の傾向として、数年以上前や、海外で起こった同種の事故原因が繰り返されることがあげられている。昔は、事故事例の収集は困難で専門家の記憶にたどるようなところがあったが、現代では、インターネットを通じて容易に得ることが出来る。過去の事例は決して大きな事故だけをいうのではない。安全弁から吹き出しただけで終わったものや小規模な発火事故も重要である。そこには大事故につながる潜在危険性が示されている。異種の溶液を試験管で混ぜた際に、炎をあげて激しく燃える組み合わせは、混合危険と認識されるが、ステンレス製の大きなタンク内で同じ反応が起こったときのすさまじさに思いを致すべきである。事故データベースの充実と共に、集めた事例の検討分析を行い活用されることが必要である

第15号 絶対安全からリスク評価安全へ

システム安全研究所 高木伸夫
「絶対安全」は「リスクゼロ」と同義語であり、リスクがどんなに小さくても、また、社会にどんな便益をもたらしても許容されないことを意味している。絶対に安全な世界は現実には存在しないし、また、科学的にも実現不可能である。
欧米においてはリスク概念に基づき社会的合意を形成することが古くからなされているが、日本においては絶対安全の考えが長い間浸透しており、リスク概念の取り込みが未成熟であった。しかし近年、情緒的な「絶対安全」議論から抜け出すべきだという動きが進展しはじめている。たとえば平成12年2月に日本学術会議から報告された「安全学の構築に向けて」において、“安全を議論し、それを有効なものとするためには、「絶対安全」から「リスクを基準とする安全の評価」への意識の転換が必要である。”としている。この提言と平行するように官民においてリスク評価あるいはリスクアセスメントに対する関心が高まり種々の研究や検討会が開催され始めている。ようやく山が動き出したという感がある。
 先日、リスクアセスメントと社会的合意形成に関するミニシンポジウムに参加する機会を得た。危険な施設の立地あるいは行為を実施する際には、その実施主体、関係当局、市民団体を含めた合意形成が必要となるが、それぞれが異なった価値観を有しているため容易ではない。米国においては解決への方向性と合意形成を見出すにあたりメディエーター(Mediator)あるいはファシリテーター(Facilitator)とよばれる調停役が重要な役割を負っているときいた。調停役は中立でなければならず、また、当事者からの信頼・信用は不可欠であり、そのためには何回ものまた長期間にわたる議論をとおして信用を獲得していくとのことである。我が国においてもリスク概念に基づく安全性の評価が浸透した際にはこのような調停役が必要になることも考えられる。このためには、リスク評価の技術的側面だけでなく合意形成にあたっての社会科学的研究も重要になってこよう。

第14号 牛肉すり替え事件に思う

平成14年1月29日  西郷 武
「安全工学」Vol.40,No5(2001)の巻頭言に、“安全知識基盤の整備と安全工学の再構築”と題して田村昌三先生の安全への提言が掲載された。セーフティ・はーと4号に横断的な安全工学体系の早期確立を提言した者として誠に同感である。
安全工学協会を軸に産・官・学が一体となって安全の理念と方法論を具体的に展開して安全な社会が定着することを望む。
 1月23日付夕刊各紙が牛肉すり替え事件を一斉に報道した。雪印食品が狂牛病対策して実施された国産牛肉の買い上げ制度を悪用して、輸入牛肉を国産と偽って買い取らせていた。
 これは偶然に発生した事故ではなく、故意に仕掛けた悪質な事件であって内部告発がなければ明るみに出なかった。背筋が寒くなる思いがする。
 企業が利潤を追求するのは当然であるが、ルール違反を承知で組織ぐるみで実行することは一体どういうことなのか。企業活動のモラルが問われる。特に狂牛病の発生で畜産農家や食肉業界が辛酸をなめ、消費者も自己防衛に苦慮している矢先に生じたものであり、この行為は社会に対する挑戦とみなされても仕方がない。フェアーでない企業は消費者の冷静な審判を受け市場から退場させられるのもやむを得ないと思う。
 本事件は安全工学以前の問題であって、社会に共生していくための基礎的なモラルの問題である。ルール遵守を家庭教育、学校教育、企業教育、社会教育などの仮定で醸成させなければならないと思う。

第13号 ルート・コース

横浜国立大学大学院工学研究院  小川輝繁
事故調査では、直接原因を明らかにするだけではなく、事故を引き起こした背景について分析し、根本的な要因(ルート・コース)を明らかにし、これにメスを入れなければ十分な安全対策とはなりえない。
かつては直接原因だけを明らかにして再発防止対策を講じることが一般的であったが、最近ではルート・コースの撲滅の重要性の認識が次第に浸透してきている。しかし、最近の事故の再発防止対策をみると、事故に結びつくハード面の改善、ルール違反防止や安全意識の向上のための教育、マニュアルの不備の是正、類似設備、施設への水平展開などが中心で、根本的なルート・コースに踏み込んだものはほとんど見られない。事故や問題が起こった場合は原因究明においてルート・コースを明らかにして、事故防止のための体質改善を実施しなければならない。
企業や事業所の安全文化・倫理の不備がルート・コースになることが多い。これは企業や事業所の体質・風土、経営姿勢、職場環境、技術力、組織、リスクマネジメントシステムの機能と有効性等の問題である。
安全を確保するためには、事故や問題起こった場合だけではなく、日頃からルート・コースになりうる要素がないかを検討しておく必要がある。

第12号 これからの安全技術のあり方

飯塚義明 (三菱化学㈱ STRC 環境安全工学研究所)
月並みですが、先ずは、新年明けましておめでとう御座います。穏やかな元旦の中、休み明けにある2002年度のプロジェクト案件の説明資料を作成しています。
我々のような企業の安全技術者(科学者)が注力すべきターゲットとは何か。
日本では、二つの流れに沿って思考の展開があるように思えます。一つは、新しい科学技術とそれに関連する産業の安全を事前にどのように安全性のアセスメントが行えるか、です。従来、新しい分野への安全科学の展開は、大きな災害が発生後に研究が開始されることがほとんどでした。新しい科学技術における災害防止には、個別論でなく、いろいろな分野に共通する安全科学の発展が必要です。もう一つは、時代に取り残されつつある石油化学を中心とした巨大装置産業の安全管理です。基本的には、この産業分野の運転、保守における安全は、かなり完全に近い状態で管理が進んでいると思います。問題は、主流でなくなっていくこれらプラントの安全管理のあり方です。これまでの培ってきた技術、知識の伝承が不十分な場合、常識が常識でない状況が生まれます。個別企業だけでなく、当協会のような安全に関係する学会がバックアップする体制があっても良いような気がします。