セーフティー・はーと

セーフティー・はーと

第41号

高木伸夫  <システム安全研究所>
企業モラルが問われて久しくなる。最近でも多くの不祥事が相次いでいる。化学プラント、鉄道、電力など社会を構成する多様な産業の安全確保にあたってその基本となるのが企業安全理念である。
企業のトップマネジメントによる安全理念は企業が社会との共生を保つための規範を示すものであり、また、安全確保にあたっての根幹をなすものといえる。企業安全理念の欠如は安全確保にあたっての従業員の意識向上を期待できず、その結果、事故予防にあたってのインセンティブが与えられない。安全とよく管理された操業の間には明らかな関係があるといわれており、安全理念のもとに事故予防にあたって財政面ならびに人材面から適切な資源を投入する必要がある。企業のトップマネジメントは生産性のみを追及せず、自らのリーダーシップのもと安全に対するコミットメントを出し、それを受けたすべての従業員が安全理念を理解しボトムアップからの安全活動を実践するという文化の確立が重要である。安全の確保は企業の社会的使命であるとともに責務でもあるという基本に立ち返って企業安全理念の確立と浸透を図ることを期待する。Safety is a good businessというではありませんか。

第40号 韓国邸丘の地下鉄惨事に想う(その1 桜木町駅電車炎上事故)

坂 清次 (株)三菱総合研究所 客員研究員
2月18日に韓国の邸丘で起きた地下鉄放火事故は、死者が200人以上と空前の惨事となった。先行の事故車両の被害より、後から駅に進入してきた対向車両で大半の死者が出るということになり、放火犯に加え、事故車と対向車の運転士、運行司令室と火災警報の設置された設備司令室の地下鉄関係者7名に逮捕状が出ている(3月12日現在)。
当事者の状況認識の甘さと関係者間の総合的な(場の)認識が共有されていないことが最大要因であり、また事故後の隠蔽工作など問題点が多いが、ここでは経験の浅い地下鉄公社の組織としての危機管理能力について書いてみる。1997年に営業運転を開始しているが、いきなりワンマン運転で遠隔指令という最新の自動化システムでスタートしていることに鍵がありそうである。火災警報機をいつものことだと無視し、運転士に的確に指示も情報も出せていないが、これから次々と事実が明らかにされよう。乗客も非常コックを開けていないようである。
 そこで私たちの知っている桜木町事故に触れたい。戦後間もない1951年4月24日13:43に起きた、国電桜木町駅構内での電車火災事故である。工事ミスで垂れ下がった吊架線に、進入してきた電車のパンタグラフが絡んだため放電し木造の車両が炎上したが、窓が3段式で人が出られず、106名が車内で焼死したものである。この事故を契機に、不燃化や非常コックなどの保安対策がとられるようになったものである。現場は安全工学協会からほど近い高架部分である。実はこの3日後に上信電鉄で同様の事故が起きたが、幸い被害は軽かった。

ご安全に

第39号 第18期学術会議安全工学専門委員会報告書

小川輝繁   <横浜国立大学大学院工学研究院>
本年は学術会議の18期と19期の変わり目の年です。そこで、第18期安全工学専門委員会(委員長 菅原進一東京大学大学院教授)の報告書を作成しています。
本セーフティ・ハートでも取り上げられているようにテロ、薬害、遺伝子組み換えによる食糧生産の潜在危険など一般市民が不安を抱いている問題が増えています。そこで、今期のテーマは「安全工学の現状と展望---- 安心社会への安全工学のあり方 ---」とし、①安全工学における安全・安心問題へのアプローチ、②事故調査および責任体制のあり方に関する展望、③社会各分野における安全工学の導入と安全性の評価、④人的ファクターを考慮した安全管理と責任の問題、⑤安全教育の普及方法のあり方と社会倫理の醸成の5項目について提言を行う予定です。私は各論の「化学産業における安全工学と物質安全」の原案を作成しています。ここで、化学産業に係わる安全の課題として、①高機能物質の開発競争激化に対する対応、②自主保安、③ヒューマンエラー対策、④リスクコミュニケーション、⑤テロ、犯罪と危険性物質、⑥遺伝子組み換えによる食料生産の潜在危険、薬害等人が摂取する物質の安全問題の6項目をあげて提言をまとめ、以下の文で締めくくる予定です。「最近の化学産業はファインケミストリーが主流となり、高機能物質の開発競争が熾烈を極めている。そのため、安全確保には化学物質の危険性の迅速かつ適切な把握が重要となっている。化学産業の安全の課題は高機能物質の開発競争激化に対する対応、自主保安に対応するための安全技術の向上と体制の整備、ヒューマンエラー対策、リスクコミュニケーションなどであり、これらの課題を克服するために安全工学が重要な役割を担っている。現在はテロが重大な脅威となっている。爆発性物質、毒物などの危険性物質がテロや犯罪に利用される危険性があるため、危険性物質の管理に関するリスクマネジメントシステムを整備する必要がある。医薬品の安全や食品安全も物質安全の重要な課題である。医薬品では薬害問題、食品安全では残留農薬・動物医薬品による健康影響や遺伝子組み換え食料生産の潜在危険性の問題がある。これらに対して法規制や行政の対応がなされているが、現状では多くの人が不安を抱いている。行政はこの不安を取り除く必要がある。安全工学としては化学物質の安全性や遺伝子組み換えの安全性を確認する評価技術の質を高めることが重要課題である。」

第38号

飯塚義明   <三菱化学㈱>
この原稿は、当方にとって第3作目(4作目?)になります。今回の原稿の締め切りはずっと先かと思っていました。事務局から「明日が締め切りですよ」とメイルを頂き、あせって思いつくまま文字を埋めだしています。
年をとると月日の経つのが早くなる。まさか、一日が24時間ではなく、20時間になっている訳ではない。一日の出来事を見聞きした記憶が薄くなるのか、感動がなくなるのか、ともかく、何も残らないで日が暮れ、月曜日から週末まで、あっと言う間に過ぎていく。14年度もあと一月半で終わろうとしています。
三菱化学(旧三菱化成)での社員としての研究生活も残すところ三ヶ月です。その後も会社に残ることで会社と基本的には合意していますが、社内では、「老害」にならないように現役研究者達とは違う分野で安全を見つめていこうと思っています。もちろん、プライベートには、反応暴走はまだ研究を続けようと思っています。
今から30年前、酸化プラントの安全管理のための概念構築と燃焼限界を測定する装置の作成から始まり、反応暴走、粉じん爆発と純然たる化学反応熱の制御が研究の対象でした。   
ここ数年、もう少し広義のエネルギー制御と言う観点から、電池の安全に手を出しています。この電池の中は、ミニ化学プラントです。その割には、これまでの電池の安全は、電池メーカーが主体で試験法や基準が決めています。
ご承知のように安全は、絶対論でなく相対論で議論すべきものです。携帯電話のように身体に触れる可能性の高い機器での安全とバックアップ電源としての電池では、ハザードの種類も限界値もおおよそ違うはずです。さらに、最近話題の燃料電池も含め、この「ミニ化学プラント」の安全管理のあり方に手を染めていこうと思っています。

第37号 プロジェクトX 挑戦者たちに思う

西 茂太郎   <練馬区在住>
中島みゆきのテーマソングで始まるNHK「プロジェクトX 挑戦者たち」は私の好んで観る番組の一つである。1月7日に放送された「世界最大の船 火花散る闘い」は、注文主が、私が仕事をしている会社ということもあり、特に身近なものと感じられた。
その船の建造を請け負ったのは、石川島播磨重工業だった。
 現場の指揮を託されたのは石川島播磨重工業の技術者、南崎邦夫さん。入社3年目に事故で右足を切断。それでも現場を歩き続けた不屈の男だった。その南崎さんたちの前に次々と難問が立ちはだかる。
 最強の鉄板「ハイテンション鋼」。溶接できず真っ二つに折れた。直径7.8メートルのスクリューを支える巨大シャフト。船体に原因不明の歪みが生じ、取り付けられない。
それでも男達は、数々の難問を乗り越えて当時、世界最大のタンカーを完成させた。
司会者の「どうして難問を乗り越えられたのか」の問に対し、南崎さんは「信頼して仕事を任せたからです。信頼されたら、人は最大限、力を発揮するのです」と答えた。
 人間は信頼され仕事を任されたら自分の考えで自分のエンジンで動き始めるということは真理だと私は思う。そういうところには後向きの仕事はない。いろいろ困難はあるが建設的な前向きの気持がそこには漂っている。
 安全活動も然りではないか。いやいややる安全活動、予定で決まっているからやる行事消化型の安全活動であってはならない。
 建設的で創造的な自分達のための安全活動を推進するところには、性質の悪い事故は起こらないしあるいは起こったとしても大事故にはならないのではないか。
安全管理者は建設的で創造的な安全活動の推進に是非力を注いで欲しいと思う。

第36号 日本の安全倫理教育は?

和田有司 <(独)産業技術総合研究所>
2002年12月に安全工学協会で実施している「…高度安全教育プログラムの構築プロジェクト」の海外調査のために米国に出張した。
主たる目的は,米国の学協会,企業における化学プロセス関連技術者の安全教育の実態を調査することであり,テキサスA&M大学,米国安全技術者協会(ASSE),デュポン社,米国化学工学会(AIChE)にて,有益な情報を入手することができた。調査の詳細はいずれ発行される報告書に譲り,ここではその中で非常に印象的であった「安全倫理教育」について一言書きたい。例えば,海外からの訪問者に「日本では安全倫理教育はどこでやっているか?」と聞かれたら,何と答えるであろうか。「企業」か?企業ぐるみの産地偽装疑惑があちらこちらで報道され,「企業倫理」そのものの不足が指摘される中で,「企業である」とは恥ずかしくてとても言えない。では,「大学」か?私の知る範囲ではそういったコースを持っている大学はなさそうである。たぶん日本では安全倫理はどこでも教育されていないのではないだろうか?先の訪問先で「技術者に対する安全倫理の教育コースはないのか」と質問をしてきた。「安全倫理の教育は企業に入る前に大学でされているのだから,技術者に対して行う必要はない」というのが,彼らの一致した答えであった。実態はともあれ,質問をしたことが恥ずかしかった。

第35号 安全文化とは?

福田 隆文  <横浜国立大学> 
安全文化という言葉を聞くようになって久しい。意味もわかるような気がするし,「安全文化」の大切さもわかったつもりでいた。ところが,よくよく,これはどのような意味だろうか,と考えると,「文化」という言葉に引っかかった。
手元に辞書によると,『3.(Culture)人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果。衣食住をはじめ技術・学問・芸術・道徳・宗教・政治など生活形成の様式と内容を含む』(広辞苑)『3[U,C] particular form of intellectual expression, eg in art and literature  4[U,C] customs, arts, social institutions, etc of a particular group or people』(Oxford Advanced Learner's Dictionary)と説明されている。どうやら,特定の(ある)やり方で行って,その結果,成果があることが,「文化」の定義らしい。安全を考えましょう,はいまや各国で普遍の事だろうから,これだけでは「文化」というには弱いように思う。「安全文化」というからには,日本独自の,あるいはその企業独自のやり方で成果を示していることが要るようで,「安全について配慮しています」とか,「従業員に安全を考えてもらっています」から進んで,具体的に安全を確保するやり方を示すことが肝心のように思った。そして,それが従業員に根付いてその企業の誰もがそのやり方を用いるようになると,その会社の安全文化ができあがることになるのだと思った。
 文化という言葉には,漠とした感じを持っていたが,実は具体的なものだという事がわかった次第である。そのやり方が企業で当たり前のことになるのには時間がかかる。つまり,文化熟成に時間がかかることもわかった。

第34号 アリとキリギリス

坂 清次 (株)三菱総合研究所 客員研究員
イソップ物語は、みなさんよくご存知の寓話集です。ここのところ、グリム童話などと一緒に見直され、ブームの気配すらあります。驚くことですが、海外では私たちが知っているのと異なった解釈がなされています。

アリとキリギリスを例に取りましょう。米国の小学1年の教科書に出てくるのは、日本人がなじんだ話と結末が違っているのです。キリギリスは冬になってもアリに食べ物を求めたりせず、食べ物を蓄えなかったことを後悔し、来年は準備しておこうと誓いを立てることになっているのです。(アリが見かねて食べ物を恵んだかどうかは、定かではありませんが。)米国の小学校の国語教科書には、自己責任や自立心を教える話が多く、温かい人間関係や自己犠牲をたたえる話が多い日本とは対照的とのことです(日経紙記事より)。
自主保安が定着しつつある状況下、基本となる自己決定・自己責任の根っこに、ここに見られるような社会風土があるのであろうか。自己責任が、事故責任になってしまっては困りますが、明日の保安を考える上で、ある種の厳しさが必要です。優しさも大切ですが、甘えは禁物です。 ご安全に。

第33号 2002年11月の事故2件

田中 亨  <横浜市在住>
エンジニアリングコントラクターで、30年弱、プロセスプラントを中心とした安全評価、リスク解析の業務に従事しています。安全工学協会とのお付き合いは、第285回編集委員会(1986年9月2日開催)に出席して以来、16年強の期間になります。
この間、多くの方々からご指導ご教授いただきました。この場をお借りしてお礼申し上げます。事務局長の井村さんから「セーフティ・はーと」への投稿を要請されたのは、数ヶ月前ですが、業務都合で、今回の投稿が初回となりました。
 さて、本稿を執筆しようとしていた矢先の2002年11月下旬、2つの火災事故が続いて発生しました。一つは、23日(土)勤労感謝の日に発生した横浜の油槽所のハイオクガソリンの入った屋外タンク火災です。約6時間後に鎮火しました。TVのニュースでも放映されていましたが高所放水車をはじめとする周辺への放水が功を奏し周辺タンクへの延焼は食い止められました。また、人身への被害はなかったようです。未だ、火災の原因についての報道はありませんので、この点については何も言えません。しかし、延焼防止に成功したことは、消防活動をなさった方々のご努力とともに、先人たちが築いてこられたタンク間離隔距離など消防法の危険物規制も有意であったと思います。近年、法規による規制に関しては、構造規制から機能規制への移行、あるいは自主規制への転換等大きな変化が起こりつつあります。これらの変化に適切に対応するためには、安全工学的見地からの検討判断は不可欠であり、また、それら技術の適正かつ効果的な活用が期待されます。
 もう一つの火災は、10月の台風で伊豆大島の海岸に座礁してしまったバハマ船籍の大型自動車運搬船(56800トン)で、11月26日午前5時30分頃、出火したものです。座礁後、船内に残っていた重油の抜き取り作業が行われていましたが、季節はずれの台風25号による高波でこの作業は11月20日に中断されていました。現時点では、出火原因は明らかではありませんが、新聞報道では、台風の高波や強風が船体を揺すり破損部分で生じた摩擦熱、あるいは船の非常用電源のショート、さらには20日以前の作業に伴う失火などが出火原因として考えられているとの事です。報道写真では、もうもうと上がる黒煙が写されています。現場近くの住民は避難を余儀なくされ、高波により二つに折れてしまった船体からは残っていた重油が流れ出し、周辺海域の汚染が懸念されています。作業に伴う失火が火災原因であれば、これは作業の管理上の問題ですが、季節はずれの台風の発生とその接近を考慮し、台風の発生以前に火災発生防止対策を行うか否かの決定は、経営上の判断になると思われます。一般の産業施設では、高度な経営判断のために種々の状況を前提にリスクマネジメントが行われていますが、事故災害に係わるリスクマネジメントには安全工学の範疇に分類できる各種手法が使われます。有効な解析評価手法を使うリスクマネジメントの普及を望まれます。
 たまたま、「セーフティ・はーと」の原稿を考えているときに、二つの事故が発生しました。一般の方々が安全工学に接する機会が少ないと思われますので、少々、無理やり安全工学に結びつけたところがありますが、新聞やTVで報道される社会現象と安全工学のかかわり合いを書いてみました。

第32号

大島 榮次  <安全工学協会 前会長>
安全確保には2つの異なった要素が必要であると言えます。一つは安全確保のルールであり、もう一つは決めたルールが守られるかという問題であります。
最も上位にあると言えるルールとしては、強制法規がありますが、法規がどのようなルールを設定すべきかについては、現在政府内で具体的な議論が進められております。今までのルールは詳細過ぎたために一般化すると弊害が生じる危険性があり、いわゆる性能規定化の方向で見直しが行われております。東京電力の検査データの改竄と隠蔽はルールを守らなかったという企業倫理の基本的な姿勢が問題であったことは言うまでもありませんが、安全技術とは無関係な保安のルールを設定したために、現場では馬鹿らしくて守る気がしない、操業への悪影響が懸念されるといった独善的な判断が法律よりも優先されてしまったということです。法規制の機能性規定化はこれから整備されるところですが、これは公の場で行われるので衆目の監視が届きますが、もう一つの問題である決められたルールを各現場が確実に守るにはどうすれば良いのか。査察や監督といった強圧的な方法ではなく、当然まもられるという高い倫理観に基づいた安全文化はどうすれば構築できるのかが社会から問われているようです。