セーフティー・はーと

2002年2月の記事一覧

第15号 絶対安全からリスク評価安全へ

システム安全研究所 高木伸夫
「絶対安全」は「リスクゼロ」と同義語であり、リスクがどんなに小さくても、また、社会にどんな便益をもたらしても許容されないことを意味している。絶対に安全な世界は現実には存在しないし、また、科学的にも実現不可能である。
欧米においてはリスク概念に基づき社会的合意を形成することが古くからなされているが、日本においては絶対安全の考えが長い間浸透しており、リスク概念の取り込みが未成熟であった。しかし近年、情緒的な「絶対安全」議論から抜け出すべきだという動きが進展しはじめている。たとえば平成12年2月に日本学術会議から報告された「安全学の構築に向けて」において、“安全を議論し、それを有効なものとするためには、「絶対安全」から「リスクを基準とする安全の評価」への意識の転換が必要である。”としている。この提言と平行するように官民においてリスク評価あるいはリスクアセスメントに対する関心が高まり種々の研究や検討会が開催され始めている。ようやく山が動き出したという感がある。
 先日、リスクアセスメントと社会的合意形成に関するミニシンポジウムに参加する機会を得た。危険な施設の立地あるいは行為を実施する際には、その実施主体、関係当局、市民団体を含めた合意形成が必要となるが、それぞれが異なった価値観を有しているため容易ではない。米国においては解決への方向性と合意形成を見出すにあたりメディエーター(Mediator)あるいはファシリテーター(Facilitator)とよばれる調停役が重要な役割を負っているときいた。調停役は中立でなければならず、また、当事者からの信頼・信用は不可欠であり、そのためには何回ものまた長期間にわたる議論をとおして信用を獲得していくとのことである。我が国においてもリスク概念に基づく安全性の評価が浸透した際にはこのような調停役が必要になることも考えられる。このためには、リスク評価の技術的側面だけでなく合意形成にあたっての社会科学的研究も重要になってこよう。

第14号 牛肉すり替え事件に思う

平成14年1月29日  西郷 武
「安全工学」Vol.40,No5(2001)の巻頭言に、“安全知識基盤の整備と安全工学の再構築”と題して田村昌三先生の安全への提言が掲載された。セーフティ・はーと4号に横断的な安全工学体系の早期確立を提言した者として誠に同感である。
安全工学協会を軸に産・官・学が一体となって安全の理念と方法論を具体的に展開して安全な社会が定着することを望む。
 1月23日付夕刊各紙が牛肉すり替え事件を一斉に報道した。雪印食品が狂牛病対策して実施された国産牛肉の買い上げ制度を悪用して、輸入牛肉を国産と偽って買い取らせていた。
 これは偶然に発生した事故ではなく、故意に仕掛けた悪質な事件であって内部告発がなければ明るみに出なかった。背筋が寒くなる思いがする。
 企業が利潤を追求するのは当然であるが、ルール違反を承知で組織ぐるみで実行することは一体どういうことなのか。企業活動のモラルが問われる。特に狂牛病の発生で畜産農家や食肉業界が辛酸をなめ、消費者も自己防衛に苦慮している矢先に生じたものであり、この行為は社会に対する挑戦とみなされても仕方がない。フェアーでない企業は消費者の冷静な審判を受け市場から退場させられるのもやむを得ないと思う。
 本事件は安全工学以前の問題であって、社会に共生していくための基礎的なモラルの問題である。ルール遵守を家庭教育、学校教育、企業教育、社会教育などの仮定で醸成させなければならないと思う。