会長挨拶

安全工学会会長 武藤 潤(むとう じゅん)

 

 このたび,5月の総会・理事会で,三宅前会長の後任として2022~2023年度の会長に就任いたしましたので,ご挨拶させていただきます.
 先の2年間は,新型コロナウイルスの感染拡大で始まり,経験したことのない未知の新型コロナ感染症の不安と感染拡大防止の観点から,大きな行動制限を受けての活動を余儀なくされました.急速に普及したオンラインツール等を積極的に活用しながら,試行錯誤の活動となりましたが,三宅前会長のリーダーシップに敬意を表するとともに,安全工学会の諸活動に参加・従事された全ての会員の皆様のご理解とご協力に感謝申し上げます.
 当初,新型コロナウイルスの挙動には,未解明のことが多く,如何に感染を抑え込むか,また,治療方法の模索と医療体制の逼迫への対応など,社会に投げかけた不安や影響は計り知れないものでした.2020年の安全工学研究発表会・プロセス安全シンポジウム2020合同大会の合同パネルディスカッションでは,感染症の専門家である国際感染症センターの大曲貴夫センター長に基調講演をお願いしました.当時,明らかになっていた感染のメカニズムや予防・治療にかかわる疫学的知見を安全工学会から発信することで,社会に渦巻く不安の緩和に貢献できればと考えたからです.コロナ禍は未だ完全に収束したとは言えませんが,安心・安全な社会の構築に向けて,リスクという概念とリスクマネージメント(潜在的リスクの洗い出しと,許容できないリスクへの対処など)の理解の普及をはかること,まさに安全工学会の定款で定めた目的,「主として産業に係わる安全の諸問題を広く工学的に調査・研究し,(中略)もって産業及び学術の発展並びに社会の安全・安心の獲得に貢献する」を強く意識することになりました.
 安全工学会は,その前身である安全工学協会が「災害発生の原因究明と予防に必要な系統的な知識体系としての安全工学の確立と必要な人材を養成すること.」を目的に65年前の1957年に設立されました.この間,事故の統計を見る限り,例えば労災による年間の死亡者数(6千人超から千人以下)や交通事故による年間の死亡者数(1万5千人から3千人以下)など減少してきています.しかしながら,「重大事故一覧」で,ネットを検索すると,被害の程度や社会的影響の大きい重大事故は必ずしも減少しているとは言えないのではないかと思います.事故の教訓から学ぶ再発防止はもとより,想像力と科学的知見を最大限に活かした効果的なリスクアセスメント・リスクマネージメントで,重大事故の未然防止の必要性を強く感じる次第です.
 さて,私たちを取り巻く環境は,今,加速度的に変化しています.高齢化は世界に類を見ない速さで進行中です.高齢者の就労や社会参加は増加し,一方で少子化もあって社会の労働力人口は確実に減少します.健康長寿社会,人生100年時代の到来は,喜ばしい事でありますが,一方で様々なリスクも増えます.気候変動による自然環境の激甚化は進行中と言っても過言ではありません.2050年カーボンニュートラルへの取り組みは,新たな技術開発,イノベーションのかたまりです.エネルギーの大半を輸入に依存してきた日本にとっては,チャンスでもありますが,社会実装に向けて,リスクの洗い出しと対応を確実に行う必要があります.さて,リスクの要因をあげれば際限がありません.首都圏直下型や南海トラフなど巨大地震への備え,新たな感染症への対応,地球規模のネット社会の深化への対応,等々,社会はリスクに満ち溢れていています.それは今後も減少することは無いでしょう.不安を煽るものではありません.リスクは事故では無いのです.新たに認識されたリスク,発見されたリスクに対して,発生確率と影響度の評価を行い,許容できないリスクに適切に対応することで,事故の未然防止や影響の度合いを低減することが出来るからです.
 私たちを取り巻く社会や環境は,これからも大きく変化し続けます.リスクを忌避するのではなく,積極的にリスクを見いだし,適切に対応するリスクリテラシーが求められていると思います.2017~2018年に「安全工学会10年のビジョン」が提起されました.まさに現下の変化,これからの変化を予見して,安全工学会の位置づけと役割の再確認,安全工学会の方向性と諸課題について考察・整理がなされております.産業と社会の安全・安心の向上をはかるべく,具体的な計画を策定して取り組んで参る所存です.