セーフティー・はーと

2002年11月の記事一覧

第31号 人の悪意と安全技術

若倉 正英  <神奈川県産業技術総合研究所>
ニューヨーク世界貿易センタービルの崩壊映像には世界中が大きなショックを受け、怒りも感じたものだった。
しかし、先月モスクワで起きたチェチェン人による劇場占拠と鎮圧作戦による市民の巻添死のような、大勢の一般市民が普通に生活している最中に巻き込まれる事件が日常茶飯事になり、それにたいする我々の感性も鈍化してきたように感じられる。工学的な安全化技術は化学物質や機器・装置が何らかの原因で正常な状態から”ずれ”ることによって発生する災害を防ぐための様々な工夫ということもできるだろう。一方、特攻隊でもないのに旅客機を破壊装置としたり、民用爆薬が市民を殺傷するなど、人の悪意や憎しみが引き起こすとんでもない”ずれの影響”には唖然とさせられる。システムが巨大化し、生み出される物質の種類が膨大になるにつれて、生活・生産システムの機能破壊や化学物質の悪用が市民の安全にとって大きな脅威になりつつあるように思える。安全工学は人の悪意によって引き起こされる災害への技術的な対応だけでなく、「安全工学者」の視点から高度産業社会に適応したモラルのあり方を問いかけてゆく必要があるのではないだろうか。