セーフティー・はーと

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第125号 "安全の反対"を考えると見えて来るものは

松倉 邦夫 <安全工学会 事務局長> 2010年1月20日掲載
はじめるにあたり簡単に自己紹介をさせていただきます。
私は37年間、三共化成工業株式会社(現 第一三共ケミカルファーマ㈱)に勤務し、工業薬品、医薬品の原薬・治験薬などの技術、製造、環境安全部門に携わってきました。とりわけ苦労したのは、最後の職場となった環境安全部門でした。

技術部門では自分が或いは自分の目の届くメンバーに対して気を配って入れば済んだのですが、環境安全部門の守備範囲は、全工場の従業員さらには協力会社、出入りする業者の方々までが対象となりますので、それは気の休まることはありませんでした。またその中には、静電気に起因した出火事故や研究所の連続運転中の深夜のボヤなどと今改めて思い返しても溜息が出る日々でした。

会社生活で一番長かった技術部門は、約18年で会社人生のほぼ半分を過ごしました。業務は、研究部門で基礎合成を終えたフローを引継ぎ、コルベンスケール(500mL~10Lサイズ)、中量試製スケール(~500Lサイズ)そして、現場へと繋いで行き、現場製造が上手く行き落ち着くか、落ち着かないかにまた、次のテーマが始まる・・・、そんな生活を思えば18年間近くして来た訳です。

結局は、上手く製造が動いてホッとする間もなく、次のテーマが始まることから、頭の中は何時でも宿題だらけの、これまた思い返せば因果な仕事でした。でも、現場が予定通り動いた時には、一時ですが山行で言う山頂に立った爽快な思いでした。きっと世の技術・研究者は皆様同じ思いで日々を送っていることと思います。そして、それぞれのテーマには、何かしらの"峠"がありました。生産ベースに乗る収量(収率)に到達しない、製品の品質が規格をクリアーしない、現場で生産出来る操作性にならない、再現性が低いなど色々とありました。

幸いと言うか、私は電車通勤時間が片道1時間半以上ありましたので、電車の中は宿題を整理するのに格好の時間でした。"峠の先が見えない時"は、夢の中まで悶々とした日も何度もありました。

特に苦しいのは、生産日程が確定して、設備の新設や変更がどんどん進み、医薬品評価のphase(フェーズ)1,2,3とステップが上がるのに、"峠"がクリアー出来ない時は、最悪の精神状態です。反応条件を変える(但し、変更する範囲の制約があります。当初提出したサンプルと大幅な変更をすると、再度同等性の評価をすることになるので・・・)条件を模索する訳ですが、ある日、開き直りと言うか、苦しまみれにB型の私は、突拍子もない発想をしてみました。

それは、例えば"収量(収率)"が採算ベースに乗らなかった時、"もっと、収量が悪くなる方法はないか?"と言うことでした。何時でもメモ帳を持っていましたので、どうしたら、収量を悪化させられるかを色々と書き連ねてみました。そうしますと、悪くする方向のことは意外と思い浮かびます。

例えば、反応温度を高くする、撹拌を遅くする、触媒量を減らす、副原料のモル比を下げる、中間原料のグレードを下げる・・・・、そんな反対のことを書いたメモを眺めて、その反対のことをして行けばもしかしたら、収量向上の道筋が見えてくるのではと思い、次なる反応検討をする項目を探して行きました。

環境安全部門において、後半もっとも力を入れたのが安全教育でした。ある日、講習会で交通安全と絡めた安全の話をしました。私の講習は対話型で、先ず皆に「どうしたら車の交通事故を無くせるか?」と言う問いを出しました。皆は、制限速度を守り、信号を守る・・・、と出て来たところで答えが止まりました。

そこで、次に「どうしたら車で交通事故を起こせるか?」と問うと、皆、目を輝かせて答えがどんどんと出て来ました。制限速度違反をする、信号を守らない、携帯電話をしながら運転する、大きな音で音楽を聴きながら、車線変更をウインカーを出さないでする、急加速する、急ブレーキを踏む、片手ハンドルで運転する、ハンドルを持たないで運転する、高速道を逆走する、お酒・ビールを飲んでまたは飲みながら運転する、一時停止を止まらないで交差点に入る、一方通行を逆走する、踏切を一旦停止しない、自転車や歩行者の横をすれすれに通る、景色を見ながら運転する、カーナビを改造してTVを見ながら運転する、新聞を読みながら運転する・・・。 そして講習会の最後に私からの一言は「今皆が言ったことの"反対のこと"をするのが"交通事故を無くして行くこと"です。」

"安全確保することばかり教える"より、"こうすれば事故を起こせること"を考えて貰い・・・、そこで再度、その反対のことを考えると、案外"安全"が見えて来るかもしれません。ご安全に。