セーフティー・はーと

2008年1月の記事一覧

第120号 安全教育としつけ

鈴木和彦 <岡山大学> 2008年1月21日掲載
私の研究室名は「高度システム安全学」である.この名に示すように,大学の内外に「安全」に関する研究と教育をすると宣言している.
しかし,最近思い悩むのは,「安全教育」として,学生達に何を教授したらいいのかである.システム安全工学として,理論,手法を学ぶことは必須であるが,「信頼性工学,危険評価手法,安全管理の基礎・理論を講義で教授すること」=「安全教育」とは言えない.昨今「安全文化の醸成」の必要性が唱えられている.「教育」により,若い学生達に,「安全」の重要性を意識させ,「安全意識・知識」を身につける助けをしたいと思っているが,なかなか実現は難しい.

ところで,「安全教育」と「人の命」であるが,新聞紙上,毎日のように悲惨な事件が報道されている.ほんの一部の人達によるものとしても,人の命に対する意識が薄れているようで気がかりである.最近の若者(一般大学生)を観ても挨拶ができない,お礼が言えない等々であり,結構マナーも悪い.どうも一般的には倫理観に欠ける学生が増えているような気がする.また,ゲーム感覚で生きている学生を多く見かける.

しかし,1年間研究室に所属し,教員,先輩学生とつきあう内に徐々に学生達は変化をみせる.ゼミ等で安全研究についての議論をしながら,「しつけ」も同時にしていることの成果かもしれない.学生達は,結局「教育」「しつけ」により変わる.社会,企業においてのこのような努力をしなければならないのが現状であろう.

学生達(若者)には,うっとうしがられるのを覚悟で,これからも「安全教育」「しつけは」地道に続けるつもりである.

「安全意識・知識」を持ち「人の命」の尊さを常に考えながら行動できる若者を育てることができればと思う.

第119号 駒宮先生のファイル

辻 明彦 <NPO法人・災害情報センター> 2008年1月7日掲載
昨年11月、日本の労働安全、安全工学に多大な貢献をされた駒宮功額先生が他界された。
古今東西の事故事例に精通され、私どもの初歩的な質問にもいつも丁寧なお答えを頂戴した。ある時、都市ガスの事故についてお尋ねした折、これを見るようにと1つのファイルを渡されたことがあった。その中には、都市ガスの性状に関するデータ、事故の新聞切り抜き、内外の論文などがまとめて保存されていた。

先生は、当センターの会誌に毎月欠かさず安全に関するコラムを寄稿して下さっていたが、そのテーマは高圧酸素の事故から温泉地の硫化水素事故、さらには動物による交通事故まで多岐にわたっていた。先生はそれぞれのテーマごとにファイルをお作りになっていて、ご研究や原稿作成の糧とされていたようだ。

先生が2001年に中央労働災害防止協会から上梓された「技術発展と事故―21世紀の「安全」を探る」は、それらのファイルも活用しながら長年にわたる事故調査と実験研究の成果を読みやすく集大成されたものだ。技術の発展やエネルギーの変化、日本と海外の風土の違いなどから独自の史観で事故の変遷を俯瞰されたもので、今日、このようにしてライフワークを世に問う安全研究者は極めて少ない。この本の中で先生は、明治以来日本は、欧米の技術を事故や失敗の多大な犠牲の末に安全が確立した段階になって導入することができ幸運だったと指摘されている。安全の技術や基準の多くを欧米に頼る状況は今日でも基本的に変わりなく、技術史から事故を見る先生の視点はこれからも重要である。

私は、駒宮先生が遺された膨大なファイルや書籍の整理・活用の仕事に縁あって参加させていただくこととなったが、故人の方法論を引き継ぎつつ活用の道を探りたいと思う。