セーフティー・はーと

2002年10月の記事一覧

第30号 蛇と風船

千葉県野田市 平田 勇夫
化学プラントの安全管理の要素のひとつにプロセス危険性評価(以下、PHAとよぶ)がある。化学プラントは、反応器、熱交換器、ポンプ、貯槽などで構成され、いくつかの化学物質を混合したり反応操作によって違った化学物質を合成したり、加熱・冷却したり、などのいくつかの操作を経て目的の化学物質を得る。
実際にこれらの操作を行う前に、「危ないことにならないか」を検討して必要な安全対策を取り、事故を未然防止することがPHAの実施である。
筆者は、「PHA」をよく蛇や風船に例えて説明する。
蛇には、毒蛇とそうでないものがいる。もし、家の近くで蛇を見かけたら家族にそのことを伝え、それとなく注意を促す。それが毒蛇であることがわかれば、絶対に近づかないように警告を発するとともに、警察か消防署に電話して「毒蛇退治」を依頼する。毒蛇が退治されるまでは、完全防護をしないと近くを歩くことはない。毒蛇を潜在危険の高い化学物質と思えばわかりやすいだろう。「毒蛇退治」は、本質的に安全な物質を探すことであり、それができない場合は、十分な安全対策が必要である。
普通のひとは「蛇」と聞けば本能的に避けて通り、「毒蛇」となれば「非常に危ない」ことを察知し徹底した危険回避の行動をとる。化学物質も「危ない」ということがわかれば、それ相応の安全対策をとることになる。「毒蛇」にもいろいろあるので、種類を特定し咬まれた場合に用いる血清を選定しておくことが重要であり、化学プラントの安全対策も「毒蛇」の種類に応じたものであり、「咬まれること」を想定した対策が必要である。
子供が手にした風船が破裂するのを夏祭り会場などでよく見かける。風船には、我々の生命維持に必要であり安全な空気が入れられている。風船に何らかの予期せぬ異常(空気の入れ過ぎ、鋭く尖ったものに触れる、など)が生じて破裂するが、その場合の影響は、周りのひとが驚くだけで済むだろう。風船の例では、取扱物質、それを取り扱う設備の仕様と取扱条件の組み合わせに着目して欲しい。これらの組み合わせがプロセスであり、これらの組み合わせを評価して安全対策を検討するのがPHAである。
化学物質そのものは安全であっても、設備と取扱条件の組み合わせによっては、大変危険なプロセスになり得るのである。空気といえども工業的に取り扱う場合には、十分な注意が必要である。たとえば、空気の高圧貯槽が破裂すると大惨事になり兼ねない。逆に、大気圧の貯槽であっても、毒蛇が逃げ込んでいる(潜在危険物質の存在)貯槽であれば、貯槽は破裂に至らなくても、漏洩することによって大きい災害になり得るのであり、必要な防護策をとらないと使用できない。
化学プラントのPHAに必要な情報には、化学物質に関するもの、設備に関するもの、操作に関するものなどがあり、一般的にこれらをまとめて「プロセスの安全に関する情報」とよんでいる。PHAを行う場合、「プロセスの安全に関する情報」に「危ないもの」という情報が含まれているか、あるいは、その情報から「危ない」ということが読み取れるかどうかによって、安全対策に大きな違いを生じる。

第29号 ワールドカップを振り返って

野口和彦  三菱総研
ワールドカップが開催されていたのは、つい3ヶ月前であった。しかし、実感としては、随分昔のことのように感じる。今度、ワールドカップが話題に上がるのは、年末の10大ニュースの時ぐらいしかないであろう。
この間いろいろなことが起きた。原子力の保安に関する問題、小泉総理の北朝鮮訪問等めまぐるしい日々が続く。
このような状況であるから、ワールドカップの危機管理に関与してきた立場として、今後のために簡単に経験を整理しておきたい。
まず感じるのは、まちがいなくワールドカップは日本が米国ではない世界を経験したイベントであったということである。米国は、世界政治・経済の中心であるが、サッカーではヨーロッパ、南米の世界が大きく影響をもたらす。この経験はものを見る目を多様にした点で貴重である。
次に、日韓で開催されることで、これまでのW杯とは異なるリスクに関する対応が必要になり、社会や組織の安全を守るためには、いかに多様なリスクへの対応が必要であるかを認識したイベントでもあった。
W杯のリスクとしてまず思いつくのは、フーリガン対応であり、サポーターの騒乱であったであろう。しかし、今回のW杯は、自然との戦いでもあった。
6月の日本は、梅雨の時期である。今年は幸いにして大した雨には遭遇しなかったが、大雨対策、台風対策、地震対策等、関係者は大変気を使い、準備を実施してきた。
観客輸送、チケット問題への対応等、大小の課題に対し関係者は文字通り不眠不休でがんばってきた経緯がある。
危機管理を担当したものとしての感想を最後に記す。
それは、「危機管理は意志である」ということである。危機が発生すると、何とかしたいと思っている人、心配している人等多くの人が対策本部に集まる。しかし、そのような人が何人集まっても、危機管理はできない。危機管理には、この危機を具体的にどのように治めるかという意志を持っている人がいないと実施できないということである。今回のW杯にはその人材を得たことが幸いであった。
今後、様々な事件・事故が組織や社会を襲うであろう。その時に明確な意志を持って事にあたれるか。その事が、危機管理の成否を決するであろう。