セーフティー・はーと

2005年12月の記事一覧

第99号

田中 亨
ここしばらく,石油・化学産業では,全国紙の紙面に載るような大きな事故も無く,平穏な状態が続いております。皆様の努力の成果と言えましょう。
隣国中国では,11月13日,吉林省の石化プラントが爆発事故を起し,5名死亡,1名行方不明,約60名が負傷,さらに有毒物質(ベンゼン,ニトロベンゼンと報道されています。) 約百トンが松花江に流れ込み,前後80kmにおよぶ汚染水が下流のアムール川を経て,日本海,オホーツク海に向かっていると報道されています。この事故は,1986年に起こったスイス・バーゼルでの化学品倉庫火災事故を思い起こさせます。消火のための放水で,ライン川に流入した毒物は,バーゼル下流の独仏国境,独国内,オランダの各流域を汚染し,ロッテルダムから北海に流れ込み大きな国際問題を引き起こしました。今回,毒物が流入した松花江の下流はアムール川です。アムール川はロシア国内を流れ,河口は間宮海峡です。すでに,中国とロシア間では対応に関する協議がなされているとの報道がありますが,日本海,オホーツク海に出た場合,北海道他への影響が懸念されます。

国内には,国境を越える川はありませんが,大規模漏洩・流出事故が発生した場合,沿岸海浜汚染が引き起こされます。すでに,漏洩・流出事故対策はなされているでしょうが,この種の報道を対応策の確認・点検の切っ掛けとするのも実務でしょう。

なお,昨日12月11日には英国・ロンドンの北西約40kmに位置するヘメルへムステッドの石油貯蔵施設で爆発事故があり,燃料タンク20基が炎上(43名負傷,内2名重症)中とのことです。いずれも事故状況の報道のみで,原因などに関する記事は,まだ,見当たりません。今後の原因究明結果が公表され,プラント災害防止に役立てられることが期待されます。 今年も,残り3週間。ご安全に!

第98号 ものには限度が...

西 晴樹 < (独) 消防研究所>
以前,危険物保安に非常に尽力されている神戸市の化学会社の会長の方と話をする機会があったのですが,その中で「最近は,日本に名立たる企業で頻繁に火災事故が起きていますが,その理由はどのようにお考えでしょうか」という質問を率直にぶつけてみました。
回答はごく簡単なもので「本当に痛い目に遭ってないんでしょうな。」ということでした。阪神・淡路大震災で大打撃を受けた神戸市長田区にご自身の会社もあり,当時は大変苦労されたとのことですので,「痛い目に遭ってない」というお答えを聞いて非常に考えさせられました。

最近,失敗学や失敗知識データベースというものを耳にします。人は他人の成功談を聞くよりも失敗談を聞く方が興味がわくもので,他人がした失敗と同じ失敗をしないような行動を取るようになることが期待されているのだと思います。しかし,体験者の痛みが分からずに字面だけの解釈で終わってしまえば,失敗の知識が本当に身に付くことはなく,結局は本人が痛い目に遭うことになってしまうのではないでしょうか。

「失敗」や「痛み」を実際に体験させる施設もあると聞きますが,これとて,体験する側の心もち一つで,その効果は千差万別でしょうし,体験できる「失敗」や「痛み」には限界があるでしょう。ほどほどに失敗するというのは難しいものです。

あまり自慢できることではないのですが,私が仕事で使っているヘルメットは傷だらけです。現場では狭いところに,よく入るのですが,その時にヘルメットをよく擦ります。ヘルメットをかぶらずに頭をぶつけたことのある人には,ヘルメットの有り難みはよく分かると思います。頭をぶつけたことが無い人が,その痛みを感じ取るためには,たくましい想像力と鋭い感性が必要です。

そういう意味では,抽象化された失敗の知識を読むだけではなく,失敗した者から”なま”の失敗談を聞く方が,聞き手の感性に与える刺激は大きそうです。失敗談伝承のための語り部のような存在があってもいいのではないでしょうか。話を聞くだけで,本当に「痛い目」にあったような気分にさせてくれれば,言うこと無しなのですが。