安全工学会からの情報発信(2020年)

2020年4月の記事一覧

新型コロナウイルスをめぐるデマと差別への対処法(宇於崎裕美)

宇於崎 裕美
有限会社エンカツ社

新型コロナウイルスについてはさまざまなデマが飛び交い混乱が続いている。歴史をふり返れば、感染症の世界的流行や大震災とデマは常にセットだった。感染症が拡大したのはある特定の民族集団が井戸に毒を投げ込んだからだとか、地震後の混乱に紛れて襲ってくるといった物騒なものから、〇にはXが効く、△が無くなる!といった生活情報レベルのものまで根も葉もない話が伝播し、人々の異常な行動を引き起こす。情報伝達手段が未発達だった時代は「確かめる術がない」ので仕方なかったといえるかもしれない。高度情報化社会の現代は、確かめる手段はあるのに「確かめる余裕もないほど瞬時に」ネットでデマが拡散する。

今回の新型コロナウイルスに関しても、ネットで怪しげなウワサが広がり、人々の不安につけ込むような非科学的な広告のうたい文句が巷にあふれた。(スライド1 参照)まさに、「WHOはエピデミック(伝染病)だけではなく、インフォデミック(誤情報の拡散)と闘っている」のだ。

<スライド1> ※クリックで拡大

 

デマに踊らされる世間の人々を鼻で笑い、「自分はだまされないぞ」と思ったそこのあなた。あなたこそ、デマを拡散する張本人になる可能性は高い。自己評価が高く自信のある人ほどフェイクニュースを信じ、拡散しやすいという研究結果がある。分別盛りと思われる50代、60代が「私が教えてあけよう」とばかりに、フェイクニュースをネットで拡散しやすいという(スライド2 参照)。

<スライド2> ※クリックで拡大

 

デマはやがて差別を生む。2020年4月22日には、政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の尾身茂副座長が記者会見で、新型コロナウイルスと闘っている医療従事者やその家族に対する偏見や差別が拡大していると発言。尾身氏は、「偏見や差別は絶対にあってはならない」と警鐘を鳴らしている。

偏見を持たないようにする方法は、「情報は幅広く収集し、自分で確認すること」に尽きる。偏りを防ぐため、テレビだけネットだけというのではなく、新聞、雑誌、ラジオと様々なメディアから情報を収集し、なるべく多くの人と話すということが大切だ(ただし、今は感染防止のため対面ではなく電話やネット経由がおすすめ)。

ひとたび自分たちに関するデマが世に出回ったなら、放置せずにすぐに否定や反論を行ったほうがよい。前出の尾身氏が行ったような記者会見は、効果は高いが準備がたいへんだ。記者会見に慣れていない組織なら、ネットに自分たちの見解をアップするほうが実行しやすいだろう。しかし、ネットで迅速に情報公開するにもノウハウはある。ネットは使いなれていないと、いざというときタイムリーに情報発信できない。

新型コロナウイルスのまん延により、某学会が学術集会の週末プログラムを直前になって中止することにした。しかし、ホームページで告知できず、中止のことを知らない学会員が何人も会場にやってきてしまったという話がある。なぜ、そんなことが起きたのかというと、ホームページの制作を委託していた会社が土曜日は休みだったからだ。ホームページの書き替えができなかったのだ。臨機応変にネットで情報発信できる体制の整備が必要だったのに、それをしていなかったという。

いざというときの情報公開の仕方については、あらかじめルールを決めてマニュアル化しておくことが基本である。しかし、実際にはマニュアルはまだ普及していない。某雑誌編集部が行った「新型コロナウイルス関連の広報対応に関する調査」によると、騒動が起きて「対策本部や対策委員会を立ち上げた」企業は約半数だったが、「危機管理マニュアルを元々用意していた」のは全体のわずか4分の一であった。

今回の新型コロナウイルス禍を機に、あらゆる組織と個人は「クライシス発生時の情報の取り扱い」について改めて考えてみるとよいだろう。

参考資料:
〇2020年3月11日 毎日新聞「デマ 新型コロナより怖い!?」
〇2020年3月29日 NHK BS1 【BSニュース】「“フェイクニュース” 若い世代より中高年が信じやすい」
〇2020年4月23日 ミクスOnline
「新型コロナ専門家会議 医療従事者への偏見や差別に警鐘 感染症の理解で啓発活動を」
〇2020年3月26日 日経メディカルOnline 「会長が語った第81回日本血液学会学術集会“部分中止”の教訓」
〇広報会議編集部「新型コロナウイルス関連の広報対応に関する調査」(調査方法:インターネット、調査対象:『広報会議』購読企業・取材協力企業・株式会社宣伝会議が主催する広報関連講座への申込企業、調査期間:2020年2月27日~3月16日/有効回答数:130)

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新型コロナ対応から安全を考える(野口和彦)

野口 和彦
安全工学会 常任理事
横浜国立大学IASリスク共生社会創造センター 客員教授


安全の世界では、安全第一という考え方が当たり前のように言われる。しかし、この意味はその立場によって色々解釈されている。
コロナで生命が大事だと言うことがわかっていても、状況が深刻化するまでは、その活動を修正できないという状況を露呈した。
新型コロナ対応は、まず感染拡大を防ぎ命や健康を守る必要があるが、社会活動の視点では様々な問題も明らかになってきている。安全は、それぞれの専門分野でその展開の仕方が異なるが、今回の新型コロナ対応では、工学システムの安全技術の視点で見て共通な観点も多い。
ここでは、安全工学の視点で、新型コロナ対応のあり方から、安全の本質・課題を整理する。
本論での安全工学の視点から見た新型コロナ対応を見たときの課題の視点は、以下の3点である。
 ① 安全の重要性を認識することの難しさ
 ② 安全と社会活動の両立の難しさ
 ③ 目指す安全レベルの共有の難しさ
以下にこの3点に関する課題の整理を行い、3つの提言を行う。

1. 安全の重要性を考える
新型コロナの問題は、最初は中国の武漢で大きな被害をもたらした。我々は、その知識は持っていても、国内での感染の拡大を防ぐ強力な方策を事前に打つことができなかった。
大きな被害がでるまで安全の大事さが認識されないというのは、安全が持つ基本的な課題である。影響の重要性を知識として理解していても、身近に事故が起きないと自分の行動を変えるところまでにいかないのは、労働安全の世界でも何度も問題になっていることである。
これは、安全をリスクとして捉えられない問題でもある。本来、リスクとは危険の認識というより可能性の認識である。しかし、実際には、リスクは既に理解している危険性の尺度として使われることが多く、あまり経験の無い事象に関してはあまり活用できないという本末転倒な状況も見られる。その為、事故が発生していない状況では、安全第一を掲げつつも他の活動を優先して、安全はその時のリソースで対応することを余儀なくされている。

2. 安全と社会活動の両立を考える
新型コロナ対応で問題になるものの1つに経済対策がある。このことでもわかるように、安全第一といっても、安全の対策が他の対策と独立して成立するわけではない。
企業の採算と安全の経費の関係は、常に問題となる。企業では、それまでの実績を元にこの両者のバランスをとってきた。しかし、今回のように初めての状況が生まれると、この問題がいきなり表面化してくる。この問題は、明らかにマネジメントの課題であり、それぞれの立場を少しずつ勘案するというバランス論ではうまくいかない。マネジメントでは、それぞれの重みを経営の視点で定める必要がある。

3. 目指す安全レベルの共有を考える
目指す目標が異なると当然個別の対応の優先順位や目標レベルが異なってくる。
組織や社会における対応では、その運営目標やその優先順位が重要になる。しかし、このような運営の基本は、通常時には意識されることは無く、そのために危機時において急にそのことを意識しようとしても難しいこととなる。この意識共有のためには、日常からこのことを意識しておく必要がある。これは、安全の基本でもある。安全は、事故が起きてから意識が高まっても遅いのである。

4. 安全工学の視点から新型コロナ対応へ提言する
安全工学の視点から新型コロナ対応について課題の整理を踏まえ、以下の提言を行う。

段階的に目標を定めて確実にクリアしよう
安全対応と他の活動のバランスは、その時の環境状況によって異なる。今が何を優先すべきかを考えることが重要である。安全が保てない重要局面において安全を守るためには、他の活動の優先順位を下げる必要がある。危機状況において、通常の活動が何時ものようにできるわけがない。危機管理では、このことを理解するだけでなく、自分の活動を修正する覚悟が必要である。

自分の行動が何をもたらすかを考えよう
社会としての活動のあり方に関して理解はできても、自分の行動に結びつけるのは簡単ではない。自分は大丈夫だと思う正常化バイアスがはたらいたり、これくらいは社会に影響を与えないと自分に言い訳をしたりしがちである。
自分が感染したらしょうがないという人たちも現れる。社会において、自分の命や健康に関して自分の責任で考えるから自由にさせろという理屈は社会では通用しない。一人の命や健康状況は、多くの人に様々な影響をもたらすことを知るべきである。あなたの命はあなたのものだけではない。

起きてからの対応では限界がある。可能性の段階で対応しよう
新型コロナの感染が蔓延したり、大きな事故が起きたりしてからでは、対応できることは限られている。
危機管理は、リスクマネジメントによって必要な対応を事前に行い、それでも残留する影響の大きなリスクを危機管理の対象として準備することで、はじめてその効果をもたらす。何も事前準備をせずに、その場で対応をしようとしても、危機管理は効果を発揮しないか、大きな痛みを伴うことになる。危機管理に過大な期待をしてはいけない。危機管理は、リスクマネジメントによって、事前に様々な検討を行っておくことが重要である。
社会や組織の安全担保の仕組みとして、起きた事象に対して再発防止を繰り返していくという方法をとり続けると、いずれ甚大な被害をもたらす状況が出てくる。
常に、社会や組織に重大な影響を与える可能性について検討する仕組みを整備することが重要である。

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