歴代会長挨拶

氏名 仲 勇治(なか ゆうじ)
在任期間 2012年5月~2014年5月
会長挨拶 この度,安全工学会の会長に就任いたしました.
安全工学会は,50年を超える歴史を持ち,「産業安全に関わる問題を中心に,産業及び学術の発展並びに社会の安全・安心の獲得に貢献する」活動を続けています.とはいうものの予てから産業界,行政,大学の3者と学会の連携が十分に機能していないのではないかと首をかしげていました.しかし,この数年に田村東大名誉教授や小川前々会長の並々ならぬ努力と小野前会長の抜群の運営能力が加わって,大きな変化が始まっています.保安力向上センターの設立準備や企業トップの方々が安全管理の議論に参加しはじめたことにも表れてきています.
ところで,1980年代に「世界で最も安全な国」と言われていた日本が,この10数年で様変わりをしてしまったように見えます.大きな事故が原発も含めて化学,石油などのプロセス産業,トンネル工事でも続いています.地震や竜巻など自然からの外的脅威による事故も多く起こっています.事業所内で起こる内的脅威による事故も一向に減る様子がありません.自然からの脅威をなくすことはできませんが,被害を最小限に食い止める対策は考えることはできます.どちらの脅威においても,技術的な方策だけでは被害を食い止めることには限界があり,社会科学的な捉え方と協調してはじめて現実性が出てくるといえます.後者は,人間系が作った‘もの’に対して,人間の知恵を最大限利用しながら内的脅威を取り除いたり,万が一起こったとしても被害を最小化したりできるはずです.ここでいう‘もの’とは,法体系全体,組織や業務を含めた管理体系,技術体系に関わるソフトやハードを意味します.人間の意識改革も教育を含めれば,この枠の中で考えられるでしょう.これらの様々な次元を持つ‘もの’が整合性を持って統合し,運用しなければ,長期的に安定して安全性は確保できません.そのためには,
“社会貢献として,安全に関わる人々が,日本だけでなく世界と共に成長する意識を持ちながら,遣り甲斐を持って継続的に活動する場が必要であり,その場が学会である”
と考えています.
1980年から30年を経た今,技術をよく理解していた団塊世代の退職,現場の従業員数の大幅削減,従業員の気質の変化,社会の安全意識の高まり,などの変化が,産業界に大きな影響を与えています.これらの変化は,これまで完成したと思っていた仕組みに影響を与えているのは当然といえます.それを元に戻す意識だけでは,達成できません.
多くの企業は,これらの変化を乗り越えて,より安全管理レベルを上げて行くことが必要だと認識しはじめており,自主管理が本格化しつつあります.「従来からの法規制に従っているだけの管理では,安全を向上させるのは難しい」との意識が出てきています.
期待される学会になるかどうかは,今後の意識と活動に依るところが大きいといえます.
① 自主管理の基礎となる論理的な考え方を整備するのは,産学の協働作業が必要です.
② 日本だけでなく世界を視野に入れた活動であるべきです.世界への出遅れ感のある日本の体系は,欧米を超える論理が必要であり,決して「結果」だけの問題ではありません.
③ 規制官庁が管轄している個別技術と実行がうまくかみ合っていたとしても,それらを統合した安全管理システム全体の論理化は必須です.安全管理の体系だった論理とその実行があってはじめて安全管理全体が達成できるとするならば,規制官庁が一体化しない枠組みを持っている限り,その行く着く先は明らかです.
個別製造プロセスの安全管理の仕組みというよりも「社会技術システム」の捉え方が必要であり,それに関わる研究者やそれらの推進者を育てることは最も大切だと思います.安全に関わる問題は,あまりにもたくさんあり,一学会だけで全ての問題が解決できるわけではありません.文系理系の垣根が低いのも一つの特徴です.他学会や海外との協働することも必要でしょう.
会員が活動しやすく,自由に議論できる環境作りから,始めようと思います.このことから企業にもお願いがあります.“学会に様々な実問題を投げてください.”そうすれば,“学会はその問題の本質を見極めて,アプローチを計画し,解決に動くでしょう.”この循環を,企業,研究・研究機関が真摯に向かって活動できることを切に願っています.
皆様の協力を切にお願いする次第です.