歴代会長挨拶

氏名 秋田 一雄(あきた かずお)
在任期間 1994年6月~1996年6月
会長挨拶 「開かれた何々」という言葉はすでに言い古されていてなんの新味もないが,これを聞いたとき私がいつも思いおこすのは,カール・ポパーの著書の題名「開かれた社会とその敵」である.科学とそうでないものとの区別の基準を反証可能性に求めた彼の場合,「開かれた」とは「すべてが批判に開かれている」との意味であろうかと思う.このような可謬主義に共感するか否かは別として,安全工学協会も一つの小社会であってみれば,いろいろな意味でもっと批判に対して開かれていることが必要ではないか,これがここの主旨である.
一期限りという条件をお認めいただいて力量不足を省みず会長をお引き受けしたとき,しなくてはいけないと考えたことや,したいと思ったことはいくつかある.しかし,その中で最も重要と考えたのは,協会は会員のためのものであり,会員の意見や希望に対してもっと開かれていなくてはいけない,ということである.
よく言われるように協会のような人間の集同は年を経ると,制度は硬直化し,ただ慣例によってのみ動くようになりやすい.そこでは批判は姿を消し,また意見が出たとしても採り上げられない.その結果はメンバーに魅力がなくなり新陳代謝も進まない.いわゆる組織の老化であり,マンネリ化である.もとより,安全工学協会が全面的にそうなっているとは思わないが,ややそれに近くなっている,とは言えないだろうか.
では,そのような状況に陥るのを防ぎ,活力ある開かれた協会にするにはどうしたらよいのだろう.月並みな表現をすれば,「原点に立戻って,積極的に見直しをする」ということになろう.だがこれでは中味はなにもないに等しい.と言って,それらを政治家の公約よろしく並べ挙げても,自縛効果なるメリットはあるとはしても,空手形に終わる部分は多かろうと思う.
その点,具体策は結果をみていただくことにしたいが,ただ,筆者が少なくともこれだけは実現したいと考えるのは,会員のだれでもが協会の運営に対して気楽に意見を言えるように制度や組織に改めたいという希望である.当然,そこでは会員の建設的であり,批判精神に富んだ意見が待たれるが,一方ではそれらをなんらかの形で協会の意志決定に反映できるように制度化することが必要である.おそらく,そのためには総会の実施,会誌への意見の自由な投稿,協会のあり方に関する公開の討論会などを含めたもろもろの改善策がいるだろうと思うが,こんなことでも開かれた協会への第一歩になればと願っている.
言うまでもなく,人はそれぞれ考え方が違うから,どのようにするべきかも一義的には決まらない.そのとき必要なのは対話であり,議論であるはず.となれば,そのような場を一つでも多く設けることが,現在において欠かせない重要な仕事ではないのだろうか.
さらに言えば,このような考え方は,なにも協会の運用だけの問題ではなく,協会の主催する各種の技術的会合についても当てはまろう.専門家の言うことだからとか,外国で開発された技法だからと無批判に盲従したり,また,逆に非合理的や非定量的という名のもとに反論を一方的に切り捨てたりするのは,対話や批判の精神をないがしろにしているとしか言いようがない.特に安全は目的でなく価値の世界の問題であることを考えるとき,この感は一層深い.よく視野の狭い専門家を「括弧つきの専門家」,外国で考えられた説や技法を振り回す人を「知的輸入業者」,なんでも合理的でないとして切り捨てる人を「合理的な愚か者」などとよぶが,言いえて妙と思うのは筆者一人ではあるまい.
講演会,討論会,談話会,研究発表会,シンポジウムと名称はどのように変わっても,その基盤はダイアローグ的な行為,その点,会員の皆様も「聞くだけ」はやめにして,自らの見解を世に問う場にして欲しいものである.
いずれにしても,会員あっての協会であることは間違いなく,また会員の方々が自分たちの協会であると思って下さらなければ,協会は成り立たない.本年は止むを得なかったとはいえ,会費の値上げをさせていただいて,皆様にはご迷惑をおかけした.それに値するような協会にするには経済面を含めてどうすればよいか,ぜひ皆様とご一緒に考えていきたいと思うので,よろしくご支援のほどをお願してやまない.