セーフティー・はーと

第100号

土橋 律 <東京大学>
2006年新年最初のセーフティー・はーとです。読者の皆様には,本年もよろしくお願いいたします。
建築物の耐震強度偽装が昨年末から大きな問題となっています。これは,安全神話の崩壊にかかわる問題として報道され,安全の関係者には気になる事件ではなかったでしょうか。この事件は多くの問題を含んでおりますが,私なりに感じた点を述べさせていただきます。

まずは,安全に関わるしくみは基本的に善意のシステムであるということです。我が国では,様々な安全の研究や技術の蓄積の上に技術基準や法規を作成し安全を担保するしくみを構築してきたわけですが,ここでは,基準や法規の遵守や確認・認証は善意のもとに適切に実行されるものと想定しており,悪意で計算書を偽装するということを厳しく抑止するシステムにはなっていなかったわけです。建築物に限らず,安全の担保では通常,善意を前提としてシステムを作成しており,今回のような悪意の偽装をも考慮した,安全・安心を確保するシステムについては十分に検討されておらず,今後の課題となると思います。

今回は,建築確認を民間の確認検査機関がおこなっていたことも話題となりました。小さな政府の実現には,このような民間への業務委譲が必要ですが,偽装の代償が建築士や民間検査機関で償える範囲をはるかに上回っている以上,何らかの安全担保の制度が必要ではないでしょうか。

今回の耐震強度偽装建築物のいくつかには,行政から使用禁止命令が出ました。居住者の安全確保のための命令と思っている方もいるかもしれませんが,これはあくまで違法建築物に対する命令です。1981年の建築基準法改正以前の建築物には,今回使用禁止命令が出た建築物と同程度かそれ以下の耐震強度のものが多数存在していると考えられます。居住者の安全確保が目的なら,これらの建築物にも使用禁止命令を出すべきですが,これらは違法建築物ではないため(現在の法規には合わないので既存不適格と呼ばれる)行政がそのような命令を出さないわけです。地震時の安全を考える上では,こちらの問題も忘れてはならないものです。