セーフティー・はーと
2001年11月の記事一覧
第9号 廃棄物問題の逼迫と安全工学の責任
神奈川県産業技術総合研究所 若倉 正英
廃棄物の処理は長い間焼却と、海洋投棄や埋め立てという自然の浄化能力に依存してきたが、瀬戸内海上に浮かぶ「豊島」や所沢のダイオキシン問題などでその限界を露呈した。そして、行政もようやくのことで腰を上げた。
廃棄物の処理は長い間焼却と、海洋投棄や埋め立てという自然の浄化能力に依存してきたが、瀬戸内海上に浮かぶ「豊島」や所沢のダイオキシン問題などでその限界を露呈した。そして、行政もようやくのことで腰を上げた。
容器包装リサイクル法、家電リサイクル法、建設リサイクル法、食品リサイクル法など様々な法整備を始めている。しかしよく考えるとこれらはみんな、問題点を廃棄物処理業に押しつけているのではないかとも思えるのである。
また、廃棄物の処理工程では一般廃棄物、産業廃棄物を問わず労働災害の発生率が高すぎるという指摘がある。労働災害の発生度数率は全製造業の平均値を7~8倍も上回っていて、ここ数年は現象の兆しさえみえていない。同じように労働災害の多かった鉱業や林業がそれなりに安全になりつつあるのに、どうにしてなのかが今ひとつはっきりしないし、すぐにもどうにかしなければならないほどの水準である。さらに、怪我人がでないため労働災害として統計にのらない火災や爆発の件数は,減るどころか増え続けているともいわれる。産業サイクルの下流に位置する産業廃棄物処理施設が事故によって停止することによって、生産活動全体が阻害されかねない事態も発生している。
さらに廃棄物の輸送や貯蔵、処理の工程で起きる火災や爆発は人の健康に悪影響を及ぼしたり、環境を汚染する物質が放出される可能性も高い。それが産廃施設への不信感を増幅させ、建設反対訴訟の多発など市民社会との共存の妨げともなっている。
我々日本人は赤ん坊まで含めて毎年3トン以上の産業廃棄物を排出しながら、快適で便利な生活を享受している。現在の生活水準を維持するために使われたものが廃棄物となり、社会の安全と安心を損なう凶器にもなりかねない、ということでもあるのだ。
事故が多いのは産業として未成熟で人材が十分に育っていないとか、低コストでの処理を強いられるため、本質安全化を進めるための安全化装置を導入することができない、という意見もあるがそれだけではないだろう。廃棄物を取り扱う様々な工程の安全化には、安全化機器の導入だけではなく、物質危険性の簡易な予測手法の開発・標準化や安全化システムの構築などが必要であるが、雑多な廃棄物が流れ込み様々な処理技術が群雄割拠する今、それは容易くはないだろう。
取扱者の立場からすると、廃棄物を安全かつ適正に処理する上で最も重要なのは、処理するものの内容がはっきり分かっていることだという。特に産業廃棄物には様々な有害、危険物質が混入される可能性があり、情報の提供に対する排出事業者の責任は大きい。
公害として騒がれた鉱工業生産に伴う地域環境汚染、そしてやオゾンホールやダイオキシン、地球温暖化、環境ホルモンなど地球規模の環境問題が起こるにつれて、近代の工業技術が本当に人類を幸せにするための道具になったのか、という議論が起きている。高度工業社会の大きな技術課題である廃棄物にこそ、安全工学に携わる技術者、研究者がまとまって考え社会に貢献するべき課題があるはないだろうか。
第8号 情報開示について思うこと
野田市 平田勇夫
最近、PRTR法や情報公開法の施行を受けて、情報開示に関する論議が盛んである。
最近、PRTR法や情報公開法の施行を受けて、情報開示に関する論議が盛んである。
PRTR制度の仕組みは米国のTRI制度とほぼ同じと思われる。TRI制度は、米国の「緊急時計画及び市民の知る権利法」(Emergency Planning and Community Right-to-know Act)という法律に規定されている。
この法律は、1984年インドのボパールで起きた潜在危険物質の漏洩事故が地域社会に甚大な被害を与えたこと、また大きな災害にはならなかったものの類似の漏洩事故がその後米国内で起きたことを受けて1986年に制定された。
この法律は、つぎの4つの大きな柱で構成されており、MSDSの提出や漏洩の報告を義務付けるとともに、これらの情報を受け取り伝達する体制を整備することを規定していることに注目したい。
・ 州、地域に緊急時対応の委員会を設置すること。
・ 潜在危険物質を漏洩した場合、州と地域の緊急時対応委員会に通報すること。
・ 物質安全データシート(MSDS)のリスト等を緊急時対応委員会及び消防本部に提出すること。
・ 潜在危険物質の排出・移動について報告を提出すること(TRI)。
MSDSなど潜在危険物質の情報開示は、専門家は内容を理解できても、地域住民にはそのままではなかなか理解し難いと思われる。情報開示の本来の目的は「地域の住民に情報を提供する」ことであり、この点がもっと大事であり、工夫がいるような気がする。
米国では地域の住民に対して地域の緊急時対応委員会が説明会、緊急時対応訓練、啓蒙活動などを活発に行っている。この委員会は、住民代表、地元自治体の代表、地元各企業の代表、地元医療関係の代表など地域のいろいろな分野の人達で構成し、これらの人々が協力して活動している。情報は、緊急時対応委員会を通して住民に伝達できるので、住民の理解しやすい方法で、しかも普段接する機会の多い人達から受信することになり、企業が直接発信する場合よりも受け入れられ易いものと思われる。わが国においても真の情報開示、地域への木目細かい情報発信を行うためにはこのような体制の整備もひとつの方策かと思われる。
ところで、9月11日に米国で起きた同時多発テロを受けて、「情報開示のあり方」を見直す動きが出ている。米国環境保護庁(EPA)のリスク管理プログラム(RMP)規則施行開始の時から潜在危険物質に関する情報開示とテロの危険が論議されて来た。そして一部のRMP情報の開示が制限されたが、最近、EPAは潜在危険物質の情報を掲載しているいくつかのインターネットサイトを閉じる方針を発表している。
今日に至ってテロの心配は一層大きくなっている。(9月21日南仏の肥料工場で起きた大きい爆発事故の原因は、一部でテロ説も取り沙汰されている。)本来、情報公開は善良な市民に情報を提供し、安心を感じてもらうためのものであるが、このような状況になって来ると逆な結果にもなり兼ねない。難しい世の中になったものである。