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★ 安全と安心におけるコミュニケーションの役割(第3回)

有限会社エンカツ社 代表取締役社長 宇於崎裕美
安全工学会 会員

第3回:記者に聞かれる4つのポイント

事件・事故後の記者会見や個別取材で、記者から聞かれることは決まっています。
次の4点です。
1.何が起きたか(現状)
2.なぜ起きたか(原因)
3.今どうするのか(対応)
4.将来どうすればよいのか(再発防止策)

これら4点に対する回答を用意してから、記者会見や取材に臨みましょう。ここで紛らわしいのは、「回答を用意する」という言葉です。何を聞かれても大丈夫なように、完璧な答えを整えておくということではありません。状況確認や検討が不完全なままであったとしても、上記4点について自ら触れるという意味です。当然、「わからない」「決まっていない」ということも出てくるでしょう。もしそうならば、それをそのまま発表すればよいのです。

〇スピードがなにより大事
1の現状は「このような事件・事故が起きました」でけっこうです。問題は2の原因、3の対応、4の再発防止策ですね。

記者発表を行うタイミングは事件・事故が起きてから早ければはやいほどよいです。事件・事故直後なら、詳細が分かっていなくても不自然ではありません。よって、「原因は不明」「対応策や再発防止策は未定」と発表しても、記者たちも「それはそうだ」と理解してくれます。変にとりつくろわず、そのまま言っていいのです。

〇正直でわかりやすいことが第一
「不明」「未定」あるいは「調査中」「検討中」は、当事者が恥じるようなことではありません。「不明」「未定」「調査中」「検討中」はその時点における状況を正しく表現している言葉です。事件・事故の当事者からすると、「不明」や「未定」とはっきり言うのは気がひけるでしょう。自分たちの力不足と見られないかと不安になると思います。しかし、最大限の努力をしたけれども、それでも現時点で不明や未定だというのなら、それはそれで正しい回答なのです。

〇裁判に勝っても評判はよくならない
2016年10月、シンドラーエレベータ株式会社は、サービス事業をオーチス・エレベータサービス株式会社に譲渡。日本事業から完全に撤退するとの報道がありました。

スイスに本社を置くシンドラー社製のエレベータにおいて、2006年6月、東京の高層マンションで高校生が挟まれて亡くなるという事故が起きました。事故直後、シンドラー社の日本法人シンドラーエレベータ株式会社にマスコミが殺到。しかし、突然のことで同社は何も準備ができていなかったようで、固くドアを閉ざし、記者会見を開かず、コメントも発表しませんでした。そのような同社の態度に、マスコミも世間も不信感をいだきました。事故から数日後、スイス本社からの幹部が来日し記者会見を開いたときには、シンドラー社に対する反感は非常に強いものとなっていました。私も含め、事故が起きて初めてシンドラーエレベータの名前を知った人も多く、事故直後の悪いイメージとシンドラーの名前は強く結びついてしまいました。2015年9月、東京地裁の判決がでて同社の役員は全員が無罪となりました。しかし、裁判で無罪になっても、世間の人々が抱く同社のイメージは変わりませんでした。結局、同社は日本市場から撤退することを決めました。事故直後の対応のまずさが最後まで影響してしまったのです。

世間の評価は裁判結果ではなく、事件・事故直後の報道のされ方で決まります。だからこそ、マスコミ対応が何よりも大切です。そして、マスコミ対応するときに必要なのは、前出の4つのポイントに対する回答です。シンドラー社の場合も、直後に自ら「事故が起きました。原因は不明です。当社で調査を行いますし、警察の捜査にも協力します。対応策は現在、スイス本社と検討中です。再発防止策は、原因が判明次第、検討します」と速やかに発表していればよかったのです。同社がいざというときの記者対応について、あまりに無知で無防備であったことは誠に残念です。

次回は、事件・事故後のネット対応について考えてみます。

★ 安全と安心におけるコミュニケーションの役割(第2回)

有限会社エンカツ社 代表取締役社長 宇於崎裕美
安全工学会 会員
第2回:記者会見で信頼されるには

2018年5月、某大学のアメフト反則プレイ問題がマスコミやネットで大きな話題となりました。選手が対戦相手に反則のタックルをしかけケガを負わせた原因が、監督とコーチの指示によるものかどうかが争点となりました。このとき、実際に反則タックルを行った選手が個人で記者会見を開き、監督やコーチの指示のもとで危険なプレイを行ってしまったことを告白しました。いくら指示があったとはいえ実際に反則をしてしまったことを反省し、もうアメフトをやる資格はないと自分自身を厳しく断罪する様子に人々は驚きました。なによりも20歳の青年が、堂々と名前や顔を出し、弁護士の付き添いはありましたが、たった一人でマスコミの前に出てきたことに多くの人が感銘を受けました。「なんて正直で誠実な青年なんだろう!」「彼は真実を語っている」とマスコミ各社は大々的に報道しました。けが人を出した対戦相手の監督さえも「勇気を出して真実を語ってくれたことには敬意を表したい」とコメントしました。

〇わかりやすさが信頼感につながる
前出の青年の言葉に説得力があった理由として挙げられるのは「わかりやすいさ」です。試合当時の監督やコーチと交わした会話の詳細や指示の有無について、明確に説明しています。また、質疑応答で記者から厳しい質問をされても「自分で判断できなかった弱さ」を明確に認め、「アメフトを続けていく権利はないと思っている。この先、やるつもりもない」と覚悟を語り、さらに「今のところ、何をしていくべきなのかも分からない」と迷いも素直に表現していました。
彼の会見を見ていて気づくのは、余計なことをいっさい言っていないということです。メッセージが明確で、質疑応答でも記者の質問にダイレクトに短く答えています。都合の悪いことを隠そうとしているような様子はありません。つまり作為的なところが何も見当たらないのです。このようなわかりやすさは、即、信頼感につながります。

〇うそをつく人は余計なことを話す
「うそをつく人は余計なことを話す傾向がある」そうです。うそをつく人は沈黙するのが怖いので、余計なことをしゃべりがち。質問したときにイエス、ノーを言う前にいくつも言葉を並べるのはかなり怪しい。うそや浮気の見抜き方でよく紹介されることです。
記者会見でも、記者から質問されたときに、言い訳から話し始めるのはとても危険なことです。うそをつこうとしているのかと勘違いされます。

〇都合の悪いことこそはっきり言おう
企業不祥事に関する記者会見でよく見られる失敗例は、自分たちの都合の悪いことをなかなかはっきり言わないことです。「わからない」「できない」「やっていない」ことを明確に言えなくて、なんだかんだと言葉をならべて、自分たちの苦しい立場をわかってもらおうとぐずぐずする人は多いものです。「ご理解ください」「よろしくお願いします」と妙に卑屈(?)になってしまう場面もよく目にします。こんなことでは、かえって不信感を招きます。
記者会見に限らず事態の説明をしなくてはならないとき、都合の悪いことほどはっきり伝えたほうがよい場合は多いものです。「不明」「未定」でも、現状を正しく表現しているのならば伝える価値があります。正しく伝えることこそ、相手に対して誠実です。言いにくいことでも、自分から言い出す勇気を持ちたいものです。

次回は、不祥事発生時に皆が知りたい4つのことについてご紹介します。

★ 安全と安心におけるコミュニケーションの役割(第1回)

有限会社エンカツ社 代表取締役社長 宇於崎裕美
安全工学会 会員
第1回:PRと広報

世の中には情報があふれています。リスクについても安全についても、わかりやすく、ときにはおもしろおかしく解説してくれる記事や番組が次々と登場します。ネットで検索すれば、専門家だけではなく一般の人々までがなんでも教えてくれる便利なサイトがたくさん出てきます。こんなふうにどんなことでも手軽に情報が得られる時代なのに、人々はなかなか納得できません。原子力発電所、農産物、食品、鉄道、飛行機、学校、家庭、気象、健康、医療、少子高齢化・・・、人々は森羅万象について大量の情報を持っているのに、「これは本当なのか?」「大丈夫なのか?」といつも不安です。そう、今は「不安の時代」なのです。情報があるのに納得できない、不安で仕方ない。どうしてこんなことになってしまったのでしょう?
私は、四半世紀に亘り広報&危機管理広報コンサルタントとして、国内外の企業や自治体のコミュニケーション活動の改善を図るべく知恵をしぼり、現場で報道関係者や消費者と向きあってきました。その経験をもとに、自分なりの考えをご紹介したいと思います。

〇PRをめぐる誤解
「PRが足りない。」化学物質や放射性物質を扱う企業や所轄官庁の皆さんはよくこうおっしゃいます。「施設の存在意義をわかってもらえず、必要以上に気持ち悪がられるのはPRが足りないからだ」というのは、当たっていると思います。人は自分の知らないものをこわがります。だからPRに励んで、自分たちのやっていることの社会的意義や安全対策を人々に知ってもらわねばなりません。
ところで、PRとはなんでしょうか。よく使われる言葉ですが、正確な意味はあまり知られていません。PRとは、パブリック・リレーションズ(public relations)の略です。PRはパブリック(社会)とのリレーション(関係)を構築し、それを維持、発展させていくことです。PRは、プロパガンダのことではないかと言われることがありますが、それは違います。「プロパガンダ(propaganda)とは、特定の思想によって個人や集団に影響を与え、その行動を意図した方向へ仕向けようとする宣伝活動の総称」と辞書には書いてあります。自分の考えを押し付ける強引な力技のことです。PRはプロパガンダとは違い、もっと民主的です。PR活動では、相手の意見や価値観を尊重します。それで、PRは「双方向コミュニケーション」と言われます。無理やり自分たちの都合のよい方向に相手をねじ伏せるようなことはしません。相手との対話が大切であると考えます。相手に「それはいやだ」「わからない」と言われれば、「なぜ、嫌がられるのか」「なぜ、わかってもらえないのか」と自身に問いかけ、「どうすれば、相手に理解してもらえるだろう。好意的に受け入れてもらうには何をすればよいだろう」と考えます。そして、「自分にとっても相手にとっても、好ましい結果を生み出すこと」を目標に、対話に励みます。

〇PRと広報はちがうのか
「PR」も「広報」も元は同じです。パブリック・リレーションズの略語がPR、訳語が広報です。しかし、日本では使われ方が違います。どちらかというと、PRは民間企業の販売促進のことを指していることが多く、発音しやすいので会話のなかでひんぱんに使われます。一方、広報という言葉からはもっとおかたい印象を受けます。官庁はPRよりも広報を好んで使う傾向があります。民間企業でも、正式部署名や文書では広報という漢字が使われることがよくあります。
たとえば、PR誌(紙)と聞けば、商店街や食品メーカーなどが出している写真やイラスト満載の多色刷りのおしゃれな小冊子を思い浮かべることでしょう。一方、広報誌(紙)というと、役所が発行する単色刷りの新聞のようなものを想像するのではないでしょうか。このように言葉のイメージは違いますが、目指すところは同じです。PRに熱心な企業 も広報に努める官庁も、最終的には、「自分たちのことを人々にわかってもらい、周囲と良好な関係を築きたい」のです。

〇安全なのに安心できないのはなぜ?
安全とは「受容できないリスクがないこと」とISOでは定義されています。一方、安心は、個人の主観の問題です。
理論的には、科学的に安全な状態が確保されれば、人は安心してよいはずです。しかし、実際にはそうなっていません。企業や官庁、大学等研究機関が、「基準値をクリアしましたから安全です。健康に影響はありません」と発表しても、人々にはなかなか安心してもらえません。エンジニアや研究者、企業経営者や役所の担当者は頭を抱えてしまいます。

〇何を言うではなく、誰が言うかが重要
技術者や研究者等理系人間は、実験で得られたデータや理論に対して敬意を持って接していることでしょう。そういう人たちにとって、科学的根拠は安心の糧となります。しかし、今の日本では理系人間は少数派です。マスコミ関係者含め世間の大半の人は、科学的データをそれほど信頼していないように見えます。では、人々は何を信じているのでしょう。それは人です。信頼できそうな人が言ったことは、安心できると“感じる”のです。

次回は、「信頼できそうな人」とはどんな人なのかについて考えてみます。